レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023/06/16
- 登録日時
- 2023/07/20 00:30
- 更新日時
- 2023/07/20 00:30
- 提供館
- 宮城県図書館 (2110032)
- 管理番号
- MYG-REF-230029
- 質問
-
解決
1 『茂庭家記録』のなかに、「長寿の秘訣について豊臣秀吉が茂庭綱元に尋ねた」との記述がある箇所を知りたい。
2 また、『茂庭家記録』のほかに同様の記述がある資料があれば知りたい。
- 回答
-
1 『茂庭家記録』のなかに、「長寿の秘訣について豊臣秀吉が茂庭綱元に尋ねた」との記述がある箇所について
(1)当館所蔵の『茂庭家記録』の書誌事項は下記のとおりです。※【 】内は当館請求記号です。
資料1 『〔茂庭家記録〕』原本, 88冊, 27.8cm(『宮城県図書和古書目録』1622, 【K288/モ2】)
(2)該当箇所は下記のとおりです。
第4冊「綱元君記録 二」のうち、天正十九年閏正月条
「秀吉公 君ノ御人柄ヲ問ヒ玉フ各答ニハ古實ニシテ記憶ヨク面白者ナリ且先祖代々長命ノ由仰上ラル秀吉公ニハ何程ノ長命ナルヤ左長命ニ術アリヤト問玉フ因テ其品 君ノ御物語ノ通仰上ラル其趣石見先祖右京利元八十九歳石見良實九十七歳左衛門定元九十二歳石見盛良九十五歳左衛門元實九十一歳父周防良直ハ七十三歳ニテ高倉合戦ニ討死スルノ由申ニ就テ身持養生ヲ以テ長命スルヤト相尋レハ左様ノ儀ナシ湯ノ粉ニ拵様アリテ膳ノ湯ヲ沢山ニ先祖ヨリ給来ルノ由申ス因テ何モ右湯ノ粉ヲ朝夕相用ユルノ由言上セラル 秀吉公ニモ石見湯ト名ケ玉ヒテ召上ラルト云々」
2 『茂庭家記録』のほかに、同様の記述がある資料について
資料2 小野寺篤謙撰『茂庭氏傳記』写本, 25cm, 1册(『小西文庫和漢書目録』411, 【KN288/モ2】)
「了庵君」の項に、下記の記述があります。
「十九年二月。公朝于太閤。君周旋彌縫。事遂平。時太閤侍臣。怪鬼庭之称。問之君。因話高祖射蛇。爾来世々長壽。其人曰。長壽有方乎。曰。〓後多飲湯。其湯用薬。所謂香線類是也。乃授之法。一時傳稱。謂之石見湯云。」
資料3 岡千仞撰『仙台続史料』(『伊達氏史料』第12冊(第1輯巻29))
※作並清亮編『伊達氏史料』5輯144卷, 写本, 明治21年-大正5年, 24.9cm, 46册(『伊達文庫目録』736, 【KD208/タ1】)
「茂庭家記録」のうち、「綱元」の項に下記の記述があります。
「関白?聞綱元名因問其為人。曰此人老実強記。為可悦之人。且聞祖先皆長壽。公召見問祖先長壽。答曰若于世祖右京利元八十九歳。石見良実九十七歳。左衛門元実九十一歳。父周防良直七十三歳。死于高倉之戦。関白曰不可徒長壽。必有養生術。曰臣家朝夕飲焦飯湯。因説作湯之法。関白命作湯以進。一啜稱善毎飯飲之。称石見湯。」
資料4 作並清亮編『東藩史稿』5, 渡辺弘, 1915年【K205/サ1/6】
巻之十五 列伝六「茂庭良直 十世祖實良 子延元 孫良元 曾孫定元」の項(46丁オモテ)
「秀吉延元ヲ見テ鬼庭氏ヲ称スル由ヲ問フ、實ヲ以テ答フ、此時秀吉ノ命ヲ以テ、茂庭氏ニ復スト云、(世臣家譜)又問テ曰、汝カ父祖數世皆長壽ナリト、必養生ノ術アラン、曰臣カ家朝夕焦飯湯ヲ飲ム、則チ命シテ之ヲ作ラシメ、一啜シテ善ト稱シ、毎飯之ヲ飲ム(仙台続史料)」
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 個人伝記 (289 9版)
- 参考資料
-
- 作並 清亮/編. 東藩史稿 5. 渡辺弘, 1915【K205/サ1/6】:
- キーワード
-
- 茂庭, 綱元(モニワ, ツナモト)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000336116