レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/11/29
- 登録日時
- 2018/06/10 10:58
- 更新日時
- 2023/01/09 15:56
- 管理番号
- 中央-郷-2018-0022
- 質問
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『神崎・舟入・江波郷土史』という本に、広島城築城のために石工(いしく)が各地から集められ、江波(えば)に住み着くようになると書いてあった。このことについて詳しく知りたい。
- 回答
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資料①以外に、広島城築城のために集められた石工が江波に住み着くようになる、という記載のある資料は見つかりませんでした。
ただし、資料③に「・・・広島城では、江波島で働く石工と広島城で働く石工とを江波島に宿泊させていたので、その縁から江波には多くの石工が育ち、築城後は石垣師となって全国の農村や港湾に出回って行った。・・・」の記載がありました。
江波の石工については、資料②、⑥~⑧に記載がありました。
広島城築城時の石工については、資料④・⑤に記載がありました。
なお、資料④に「尾道から大工や石工が来て住んだので「尾道町」(現在の広島市中区大手町)の地名ができたという・・・。」の記載がありましたので、情報提供します。
- 回答プロセス
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1.『神崎・舟入・江波郷土史』の記述を確認しました。
①『神崎・舟入・江波郷土史』 舟入公民館郷土誌編集委員会/編 舟入公民館 1995年
p.12「400年前、広島城築城のための石工が各地から集められ、江波にも住み着くようになります。竹原市史に「江波から石工を連れてきて定住させた」という意味の記録があり、このことを証明しています。・・・」の記載がありました。
2.自館所蔵資料を「石工」のキーワードで検索したところ、以下の資料が見つかりました。
②『日本の石垣』 田渕 実夫/著 山下 洋詞美/写真 朝日テレビニュ-ス社出版部 1967年
p.44「・・・広島の江波という部落は、ことに腕達者な石工たちを多く出した土地なので、古老たちにたずねてみると、もう行き来こそしていないが、東北地方から九州へかけて、土地出身者たちのすわり先は二十四、五カ所もあると、あらかたその地名を示してくれた・・・」の記載がありました。
③『グラフひろしま No.41』 広島市市長室広報課/編 広島市市長室広報課 1986年
p.20~22「江波の石工」
p.22「広島城への陸上運石はほとんど佐伯郡石打(佐伯区五日市町石内)と広島城郭外の江波島(中区江波二本松付近)から行われた。・・・広島城では、江波島で働く石工と広島城で働く石工とを江波島に宿泊させていたので、その縁から江波には多くの石工が育ち、築城後は石垣師となって全国の農村や港湾に出回って行った。・・・」の記載がありました。
3.自館所蔵資料を「広島城」のキーワードで検索したところ、以下の資料が見つかりました。
④『広島城四百年』 中国新聞社/編 第一法規出版 1990年
p.81~83「職人集団」
広島城を築いた石工について、穴生(穴太)衆説、瀬戸内技術者説が挙げられていました。
p.99「地名に種々の由来」
「・・・尾道から大工や石工が来て住んだので「尾道町」(現在の広島市中区大手町)の地名ができたという・・・。」の記載がありました。
⑤『広島城 甦る鯉城の実相』 学習研究社 1995年
p.116~117「築城に携わった職人たち」
p.116「広島城は・・・工事に携わった人々はおびただしい数に上ったと想像される。江戸時代後期の地誌「知新集(ちしんしゅう)」には、・・・「安芸国はいうに及ばず、西国から加勢の労働者が代わるがわる召し寄せられ・・・」」の記載がありました。
4.広島県立図書館蔵書検索を「石工」「広島」のキーワードで検索したところ、以下の資料が見つかり、当館所蔵資料を確認しました。
⑥『中国風土記』 宮本 常一/著 広島農村人文協会 1958年
p.187~203「腕ききの石工たち」
p.188「・・・小豆島、香川県庵治、広島江波、山口県大島、大津島などはとくにたくさんの石工の出たところである。」の記載がありました。
p.195「広島の江波の石工はことの外腕達者でどこへでも出かけていって大きな工事をした。・・・」の記載がありました。
5.レファレンス協同データベースで「江波」「石工」をキーワードで検索したところ、以下の事例が見つかりました。
広島県立図書館「江波の石工について」
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000225034 (2022/11/27最終確認)
参考資料のうち、自館所蔵の以下の資料を確認しました。
⑦『江波のうつりかわり』 江波小学校/編 広島市立江波小学校 1968年
p.63「一七四〇 元文十年 竹原では石築を業とするものを江波と呼んでいた 竹原市史」の記載がありました。
⑧『竹原市史 第3巻』 竹原市/編 竹原市 1964年
p.100「一江波伝右衛門、・・・当所ニてハ石築を江波と申候、塩浜御開地之節、江波より石築之者参り、専ラ石垣を調申候、夫ヲ以石築之名目之よふニ相成申候」の記載がありました。
以下の資料では確認できませんでした。
・『がんす横丁 続々』 薄田 太郎、薄田 純一郎/編 たくみ出版 1973年
・『江波風土記 〔1〕』 広島市立江波中学校生徒会社会科部/編 広島市立江波中学校PTA 1991年
・『江波の歴史』 三浦 清博/著 三浦清博 1967年
・『広島城の石垣展』 広島市文化振興事業団広島城管理事務所/編 広島市文化振興事業団 1990年
・『郷土史紀行 Vol.7』 ヒューマン・レクチャー・クラブ/〔編〕 H.L.C 2000年
・『日本歴史地名大系 35 広島県の地名』 平凡社/編 平凡社 1982年
・『角川日本地名大辞典 34 広島県』 「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編 角川書店 1987年
・『芸藩通志 巻2』 復刻版 頼 杏坪/〔ほか〕編著 国書刊行会 1981年
・『城下町』 松本 四郎/著 吉川弘文館 2013年
・『広島城と毛利氏の居城』 広島城/編 広島市市民局 2008年
・『竹原市史 第1巻』 竹原市/編 竹原市 1972年
p.145~152「竹原塩田の開発」のみ確認しました。
・『竹原市史 第2巻』 竹原市/編 竹原市 1963年
p.245~302「第四章 近世前期における竹原製塩業の成立と発展」のみ確認しました。
- 事前調査事項
- NDC
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- 中国地方 (217)
- 日本の建築 (521)
- 日本 (291)
- 参考資料
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舟入公民館郷土誌編集委員会 編 , 舟入公民館郷土誌編集委員会. 神崎・舟入・江波郷土史. 舟入公民館, 1995.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I082513918-00 -
田淵実夫 著 , 田淵, 実夫, 1909-1991. 日本の石垣. 朝日テレビニュース社出版部, 1967.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001095508-00 -
広島市市長室広報課 編 , 広島市市長室広報課. グラフひろしま No.41. 広島市市長室広報課, 1986.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I082265354-00 -
中國新聞社 編 , 中國新聞社. 広島城四百年. 第一法規出版, 1990.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069284481-00 , ISBN 4474001273 -
広島城 : 甦る鯉城の実相. 学習研究社, 1995. (歴史群像・名城シリーズ 9)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I082795245-00 -
宮本常一 著 , 宮本, 常一, 1907-1981. 中国風土記. 広島農村人文協会, 1958.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000989304-00 -
江波小学校 編 , 江波小学校. 江波のうつりかわり : 江波郷土史. 広島市立江波小学校, 1968.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I081992769-00 -
竹原市 編 , 竹原市. 竹原市史 第3巻. 竹原市, 1964.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I081951992-00
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舟入公民館郷土誌編集委員会 編 , 舟入公民館郷土誌編集委員会. 神崎・舟入・江波郷土史. 舟入公民館, 1995.
- キーワード
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- 江波
- 石工
- 広島城
- 石垣
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000237066