レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 1997/07/29
- 登録日時
- 2005/02/11 02:34
- 更新日時
- 2007/08/09 14:59
- 管理番号
- 埼久-1997-043
- 質問
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解決
吾妻鏡にでてくる「八島六郎」は何処にいた人か知りたい。
- 回答
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以下の資料の記述を紹介する。
①『群馬県姓氏家系大辞典』〈屋嶋(やしま)〉の項に「群馬郡八島(高崎市)を本拠としていた武士と考えられる。山城の宇治橋合戦の際、〈六郎〉は承久3年6月14日討ち死に(吾妻鏡 巻10)」とあり。
②『軍記武蔵七党 下』(川又タケヨ)〈矢島氏〉の項に「上野国群馬郡矢島邑より起こる」とあり。
その他『姓氏家系大辞典 6』(磯部甲陽堂)の〈八島 清和源氏〉の項に「美濃の豪族にして、方縣郡八島より起こる」との記述あり。
- 回答プロセス
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『吾妻鏡総索引』と『国史大系 吾妻鏡』で〈屋(八)島 六郎〉を確認(名前の記載のみ)。
『姓氏家系大辞典 6』(磯部甲陽堂)の〈八島 清和源氏〉の項に「美濃の豪族にして、方縣郡八島より起こる」とあり。
『軍記武蔵七党 下』(川又タケヨ)〈矢島氏〉の項に「上野国群馬郡矢島邑より起こる」とあり。
『群馬県姓氏家系大辞典』〈屋嶋(やしま)〉の項には「矢嶋とも。群馬郡八島(高崎市)を本拠としていた武士と考えられる。山城の宇治橋合戦の際、〈六郎〉は承久3年6月14日討ち死に(吾妻鏡 巻10)」とあり。以上の資料の記述を紹介する。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (210 9版)
- 個人伝記 (289 9版)
- 参考資料
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- 『群馬県姓氏家系大辞典』
- 『軍記武蔵七党 下』(川又タケヨ)
- キーワード
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- 日本-歴史-鎌倉時代
- 八島 六郎(ヤシマ ロクロウ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- その他
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000017089