レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20070603
- 登録日時
- 2010/06/18 02:00
- 更新日時
- 2010/07/14 14:24
- 管理番号
- 広県図20100003
- 質問
-
解決
三原駅の駅舎変遷について書いてある資料を探している。
- 回答
-
『駅長さんの書いた(広島鉄道管理局)駅名ものがたり』
p.42-44 「三原駅(開設年月日 明治二十七年六月十日)」 三原駅の沿革や駅名の由来についての記述がある。
駅舎については「明治二十五年七月二十日,山陽鉄道株式会社が尾道から糸崎まで開通したとき,現在の糸崎駅がひと足先に三原駅としてデビューしている。・・・その後,広島まで新線建設が進められる中で,三原町(城跡)に駅舎が新設され,明治二十七年六月十日,広島まで開通と同時に,当時の三原駅は糸崎駅に駅名改称となり,新たに三原駅が誕生したこととなっている。」とある。
巻頭(頁付けなし) 三原駅前の写真あり 「昭和11年 市制施行当時の祝賀風景(三原駅前)」,「戦没者遺骨帰還 太平洋戦争中と思われる(三原駅頭)」
p.43 「三原駅」(撮影年代不明)新幹線高架あり
『図説尾道・三原・因島の歴史』
p.196-197 昭和五〇年の山陽新幹線開通 三原駅の変貌 p.196には「山陽鉄道の開通(明治27年)」,p.197には「ユニークな三原駅(平成13年)」の写真がある。どちらも遠景写真。
『目で見る尾道・三原・因島の100年』
p.27には 「三原駅(大正末期)」,p.92には「英霊を迎える三原駅(昭和18年)」,p.110には「三原駅(昭和50年)新幹線開通直後」の写真がある。
『備後圏都市計画都市高速鉄道 山陽本線・呉線三原駅付近連続立体交差化事業誌』
昭和54(1979)年から平成5(1993)年まで行われた事業をまとめたもの。
当時の三原駅の写真や駅施設に関する記述がある。
『中国支社30年史』
p.79 三原駅前の祝賀風景の写真あり(撮影年月記載なし 前出『駅長さんの書いた(広島鉄道管理局)駅名ものがたり』「昭和11年」と同じ写真)
『JR全線・全駅舎 西日本編(JR東海・JR西日本・JR四国・JR九州)』駅名ものがたり企画委員会/編,東洋図書出版,1977
p.124に現在の三原駅の写真(撮影年月不明)が掲載されている。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 鉄道運輸 (686 9版)
- 参考資料
-
- (1)『駅長さんの書いた(広島鉄道管理局)駅名ものがたり』駅名ものがたり企画委員会/編,東洋図書出版,1977 (p.42-44)
- (2)『図説尾道・三原・因島の歴史』郷土出版社,2001 (p.196-197)
- (3)『目で見る尾道・三原・因島の100年』郷土出版社,1997 (p.27,p.92,p.110)
-
(4)『備後圏都市計画都市高速鉄道 山陽本線・呉線三原駅付近連続立体交差化事業誌』広島県,1996
- (5)『中国支社30年史』日本国有鉄道中国支社/編,1966 (p.79)
- (6)『JR全線・全駅舎 西日本編(JR東海・JR西日本・JR四国・JR九州)』学研,2004 (p.124)
- キーワード
-
- 三原駅
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000068148