レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012年06月23日
- 登録日時
- 2012/08/13 11:55
- 更新日時
- 2012/08/13 11:55
- 管理番号
- 20120623-1
- 質問
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解決
加賀藩士の由緒書と思われる古文書を読んでいるが、はっきりしないので、何藩士の由緒書か知りたい。また、院号で書かれている人物が誰であるか特定したい。
・譲徳院様御代万治三年
・大雲院様御代正徳三年
・良剛様御代寛文七年
・享保二十年直心院様御附人被 仰付
・義運院様御代迄十二年相勤申候
- 回答
-
少なくとも享保くらいまでは、長家の家臣だったと考えられます。
享保以降は、人物が特定できませんので、不明です。
長家は、1580年信長より鹿島半郡を与えられ、前田利家が能登の太守になると与力となり、江戸時代には禄高3万3000石の前田家重臣(年寄)として加賀藩を支えた(『書府太郎 上巻』北國新聞社 2004.11 p352)とされています。
院号から特定できた人物は以下のとおりです。
・譲徳院様:長連頼(遺知相続:元和5.4.20、没年:寛文11.3.24)
・大雲院様:長高連(遺知相続:元禄15.3.7、没年:享保20.3.24)
(以上、『長家史料目録』長家史料調査委員会編 穴水町教育委員会 1978(K025/27)p135「近世歴代当主一覧」より)
・良剛様:(前出)長連頼(譲徳院殿鉄山良剛居士)
(『田鶴浜町の歴史 上巻』田鶴浜町史編さん委員会編 田鶴浜町 1994.10(K215/26/1)p120「東嶺寺過去帳から見た長家系図」より)
直心院、義運院については、加賀藩内外の人物から探してみましたが特定できません。
なお、享保~宝暦くらいの長家の当主は『長家史料目録』によると以下の通りです。
・長高連(遺知相続:元禄16.11.25、没年:享保20.3.24)
法号大雲院 ※大雲院獨峯良頂大居士、初め法号大雄院と称す
・長善連(遺知相続:元禄16.11.25、没年:享保20.3.24)
法号達徳齋 ※達徳齋神光良映居士
※は『長氏年表』(K288.2/16)による。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (281 9版)
- 北陸地方 (214 9版)
- 参考資料
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- 『長家史料目録』長家史料調査委員会編 穴水町教育委員会 1978 (K025/27)
- 『田鶴浜町の歴史 上巻』田鶴浜町史編さん委員会編 田鶴浜町 1994.10 (K215/26/1)
- 『長氏年表』 (K288.2/16)
- キーワード
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- 長家
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000109883