レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013年09月05日
- 登録日時
- 2013/09/05 16:32
- 更新日時
- 2023/09/03 11:56
- 管理番号
- 000000000000077
- 質問
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解決
萩の観光案内の本を読んでいたら、「寄組」という単語が出てきたが、どういう意味か?
- 回答
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寄組は、藩政時代使われていた、萩の本藩家臣団の階級の一つ。
資料②の「寄組」の項目に「藩政時代の萩の本藩家臣団の階級の一つで、一門8家につぐたかい家格。はじめは21家であったが、1730年代(享保末期)には62家に増加し、幕末までほぼ踏襲された。」「藩初にはまだ階級としてさだまっていなかったが、秀就・綱広の代にしだいに整備され、堅田・国司・粟屋・山内・桂・児玉・志道・内藤氏など、高禄で毛利氏との関係のふかい21家をえらんで寄組とした。(中略)享保末年に家臣団各階級の禄高定めが行われ、1000~5000石の家臣のうち家柄がふるく、かつ毛利氏との関係のふかい者が寄組にさだめられた。」とある。
関連する資料①~④を提供。
- 回答プロセス
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参考資料コーナーで、関連用語の載っている辞典類を探す。
資料①、p.268の「旧長州藩士卒階級一覧表」に、一門、永代家老に次いで「寄組」の記述あり。
資料②p.849~850に「寄組」の項目あり。回答欄参照。
資料③p.386にも「寄組」についての項目あり。
寄組は長州藩で使用されていた階級なので、山口県の歴史に関する資料も併せて提供。
資料④p.46には寄組の説明として、「藩初に在りては原と此級なし 大照公秀就の時高禄の士を録して 此一級を置けり 蓋し戦地に臨むの際 二三高禄の士が各々手兵を率いて一隊となしたるに濫觴するものにして 此階級に属するものは概ね八家に次ぐ所の高禄の士族にして 数家の禄数を合し若干石に達するを標準とし 之れを一組とし軍役を賦課するに 一組毎に其合算の禄数に応じて之れを命ずるの趣旨に出づるなり」という記述があった。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (210 9版)
- 参考資料
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資料①:時山弥八 編 , 時山, 弥八, 1870-1938. もりのしげり 増補訂正版. 赤間関書房, 1969.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001209612-00 -
資料②:山口県教育会 編 , 山口県教育会. 山口県百科事典. 大和書房, 1982.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001554871-00 -
資料③:石川卓美著 , 石川, 卓美. 防長歴史用語辞典. マツノ書店, 1986.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I009331467-00 -
資料④:末松謙澄 著 , 末松, 謙澄, 1855-1920. 防長回天史1 第1編 修訂. マツノ書店, 1991.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002157250-00
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資料①:時山弥八 編 , 時山, 弥八, 1870-1938. もりのしげり 増補訂正版. 赤間関書房, 1969.
- キーワード
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- 長州藩
- 寄組
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000136742