レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020年01月27日
- 登録日時
- 2021/11/24 17:02
- 更新日時
- 2021/12/03 11:47
- 管理番号
- 9000030486
- 質問
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解決
1922(大正11)年、東京市四谷区南町88番地(現・新宿区南元町、中央線信濃町駅の線路北側)に建てられた犬養毅邸の平面図を見たい。遠藤新による建築と思われる。
- 回答
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四谷の犬養毅邸の平面図は見つからなかった。
犬養毅邸は、建築家・遠藤新にとって最初の住宅設計。1922(大正11)年に完成し、「借翠盧」と呼ばれていた。四谷南町(現新宿区南元町)の600坪余の敷地。大谷石がふんだんに使われ、来客がどこからでも席次の上下なく誰でも自由に出入りできる家だったという。犬養毅が1932(昭和7)年の五・一五事件で犬養が凶弾に倒れた4年後、取り壊された。平面図は見つけられなかったが、建築時のエピソード等が書かれた資料を提供。
また、「サンデー毎日」1922年4月16日第1巻第3号に「犬養木堂氏の「変つた」家 犬養木堂の新邸を観て」という記事があるようだが、当館に所蔵がないため、内容は未確認。(国立国会図書館に所蔵あり)
参考資料をご覧ください。
- 回答プロセス
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1.犬養毅に関する当館所蔵資料を確認
→ 該当の建物の外観写真はあるが、平面図はなし。
→ 「借翠盧」と呼ばれていたことが判明。
2. 遠藤新に関する資料、近代住宅建築に関する当館所蔵資料を確認
→ 『帝国ホテルライト館の幻影』pp.83-85に遠藤新が犬養毅邸を手掛けた時のエピソードあり。平面図はなし。
3. 国立国会図書館デジタルコレクションで検索
→ 『木堂先生写真伝』に借翠盧についての文章と、写真3点が掲載されていたが、平面図はなし。
→ 「木堂雑誌」に借翠盧を訪問した記述など数点あったが、建物についての記述はない。
4. 新聞データベース、マガジンプラス等を検索
→ 「読売新聞」1920年5月20日(3)に「『創造』に耽る建築家 遠藤新君」という記事があり、近く犬養毅の新宅が完成する旨の記述あり。平面図はなし。
5. インターネットで調査
→ サンデー毎日に1922年4月16日号に犬養毅邸についての記事「犬養木堂の新邸を観て」があるらしいことが判明。(ヨドコウ迎賓館/専門家に聞く/建築家・遠藤新 建築のはじまりNo.1 https://www.yodoko-geihinkan.jp/2012/07/20/lib-21/)
→ 『戦前期「サンデー毎日」総目次 上』を確認。1922年4月16日第1巻第3号に「犬養木堂氏の「変つた」家」という記事があることが分かった。当館に所蔵がないため、未確認。(国立国会図書館に所蔵あり。マイクロ化済み)
- 事前調査事項
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犬養道子『花々と星々と』『ある歴史の娘』
- NDC
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- 個人伝記 (289 10版)
- 住宅建築 (527 10版)
- 参考資料
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遠藤陶 著 , 遠藤, 陶, 1930-. 帝国ホテルライト館の幻影 : 孤高の建築家遠藤新の生涯. 廣済堂出版, 1997.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002653047-00 , ISBN 4331505863 (pp.83-85)
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遠藤陶 著 , 遠藤, 陶, 1930-. 帝国ホテルライト館の幻影 : 孤高の建築家遠藤新の生涯. 廣済堂出版, 1997.
- キーワード
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- 犬養毅
- 建築
- 建築物
- 住宅
- 遠藤新
- 建築家
- 照会先
- 寄与者
- 備考
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・「読売新聞」1920年5月20日(3面)
「『創造』に耽る建築家 遠藤新君」:近く犬養毅の新宅が完成する旨の記述あり。
・「木堂先生写真伝」p.29(国立国会図書館デジタル化資料 図書館送信)永続的識別子info:ndljp/pid/1688768(69-70コマ目)
:借翠盧についての文章と、写真3点あり。
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000307976