レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2023/04/22 11:31
- 更新日時
- 2024/03/26 21:24
- 管理番号
- R05-007
- 質問
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解決
昭和15年頃、住所表記が「大字飯能元久下分村336」であった場所の現在の場所を知りたい。
- 回答
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『飯能市土地宝典』で「飯能町336」を検索すると、飯能駅の線路の橋の先あたりであることを確認。
- 回答プロセス
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郷土に関するレファレンスのため、郷土資料を中心に調査。
市内の地名に関する問い合わせのため、『飯能市史(資料編Ⅺ) 地名・姓氏』を確認。
pp.28 ③久下分(旧久下分村)59(外1567~1584)の項に、「旧久下分村は入間川の左岸、飯能の南。旧公図には20に及ぶ小字があったが、いまは川端の字を残すのみである。」と記載あり。
「元久下分村」という地名については確認できず。
【飯能市立博物館に確認】
飯能市立博物館へ調査協力依頼。「「336」と番地がついていることから、この住所表記は明治の地租改正以後の物であることが分かる。また、明治15(1882)年に飯能村、久下分村、真能寺村が合併して飯能町となる。以上のことから、恐らく「元久下分村336」とは、省略された表記であり、本来は「飯能町(元・久下分村)336」だったと思われる。
そこで、昭和38(1963)年の『飯能市土地宝典』で「飯能町336」を検索すると、飯能駅の線路の橋の先あたりであることを確認。」との回答あり。
自館所蔵の『飯能市土地宝典 飯能地区』を確認。
上記回答と相違ないことを確認。
- 事前調査事項
- NDC
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- ヨーロッパ (293)
- 参考資料
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- 飯能市『飯能市土地宝典 飯能地区』(1984,飯能 帝国地図)
- キーワード
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- 埼玉県-飯能市
- 久下分村
- 照会先
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- 飯能市立博物館
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000332349