レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2009/07/30
- 登録日時
- 2010/03/09 02:10
- 更新日時
- 2010/03/09 02:10
- 管理番号
- 千県西-2009-0004
- 質問
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解決
ヘボン式ローマ字を作ったジェームス・カーティス・ヘボン(James Curtis Hepburn)は映画女優のキャサリン・ホートン・ヘプバーン(Katharine Houghton Hepburn)の祖父だという話があるが事実か。
- 回答
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先祖をたどると同じ一族のようだが、キャサリンの父や祖父の名前とヘボンの子供の名前が一致しないため、直系親族ではないと思われる。
- 回答プロセス
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まず、県立図書館の資料を検索すると二人の自伝や伝記があったのでそちらを確認した。
『Me キャサリン・ヘプバーン自伝』p19-44によると、キャサリン・ヘプバーン自身は1907生-2003没。父方がヘプバーン家で、父はトーマス・ノーヴァル・ヘプバーン1879年生、祖父はスーウェル・スノードン・ヘプバーン、伯父が三人いてそれぞれチャールズ、ロイド、スーウェルと書かれていた。
『ヘボン』(高谷道男著)p3-7によるとヘボン自身は1815生-1911没で、一族は祖父ジェームス、父サムエル、長男死産、二男サムエル、更に子ども3人もうけるが子供時代に死亡となっている。
また、ヘボン(ヘプバーン)一族の来歴の記述があり、それによるとヘボンの祖先はスコットランドの名門で、その後分かれてイングランド・アイルランド・フランスなどに移住もしており、ヘボンの祖先はアイルランドに移住した一族とのこと。
また、ヘボンの縁戚であるアメリカの銀行家バートン=ヘップバーン(Barton Heppburn)の伝記の記述等を元にヘップバーン一族について次のように書かれている。「1668年メリーランド州に移住したのが初めで、ついで1700年代にコネチカット州のストラットフォードに到着し、1742年に死亡し、他の二家族は1773年頃、ペンシルヴァニア州のサスケハナ河渓谷の一部落に移住し、ウィリアムスポート市の建設者となった。今もそこにはヘップバーンヒルという丘がある。1700年代の終わり頃には他の一族がニューヨーク市に上陸した。(中略)映画のキャサリン=ヘップバーンはコネチカット州に移住した家柄の流れをくむもののようである。
それでは日本宣教の開拓者、ヘボン博士直系の一族はどうかというに、1773年5月、アイルランドのベルファストを出発して、米国ペンシルヴァニア州サスケハナの河畔に到着したのが、ヘボンの曾祖父サムエル=ヘップバーンとその一団であった。」
その他人名事典等の資料を調べたが上記の自伝・伝記と異なるような記述は見つからなかった。
- 事前調査事項
- NDC
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- 北アメリカ (285 9版)
- 参考資料
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- 『Me キャサリン・ヘプバーン自伝』(キャサリン・ヘプバーン著 芝山幹郎訳 文芸春秋 1993)県立中央図書館所蔵
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『ヘボン』(高谷道男著 吉川弘文館 1986)<2893/ヘシ3> -
『ヘボン 同時代人の見た』(W・E・グリフィス著 教文館 1991)<2893/ヘシ2> -
『現代外国人名録』(日外アソシエーツ 1992)
『外国人物レファレンス事典 20世紀 2 E-K』(日外アソシエーツ 2002)<28033/4/9> -
『世界伝記大事典4 日本・朝鮮・中国編』(ほるぷ出版 1978)<2803/5/1-4> -
『世界伝記大事典9 世界編』(ほるぷ出版 1981)p388<2803/5/2-9> -
『コンサインス外国人名事典 改訂版』(三省堂 1985)<2803/16> -
『来日西洋人名事典』(武内博編著 日外アソシエーツ 1995)<2830/4> -
『世界女性人名事典』(世界女性人名事典編集委員会編 日外アソシエーツ 2004)<28033/12> -
『20世紀西洋人名事典2』(日外アソシエーツ 1995)<2830/8/2>
- キーワード
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- ヘプバーン,キャサリン
- ヘボン,ジェームズ・カーティス
- Hepburn,James Curtis
- Hepburn,Katharine
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000064486