レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023年04月12日
- 登録日時
- 2023/05/04 16:11
- 更新日時
- 2023/05/22 12:20
- 管理番号
- 県立長野-23-019
- 質問
-
解決
北アルプスの白馬岳に山小屋を作り、白馬岳の開発の功労者である松沢貞逸(ていいつ)を記念した「貞逸祭」のはじまりはいつか。昭和41年9月24日にレリーフは完成しているようだが確認できる記録を見たい。また、翌42年7月に開山祭として、第1回貞逸祭が行われたようだが、この日付を知りたい。
- 回答
-
1 松沢貞逸のレリーフ完成式典
『朝日新聞』昭和41年(1966年)9月19日 第6面(地方版)に、「白馬岳開発の功労者 故松沢氏のレリーフ完成」という記事があり、
「二十四日登山口の栂池高原で除幕式を行うことになった」
とある。後日の記事を探したが、行われた内容などの記事は確認できなかった。
『読売新聞』昭和41年(1966年)9月20日 第16面(南信読売)の「<スピーカー>【北安】」に、24日午前11時 小谷村栂池高原原山荘で行う旨の行事案内の小さな記事がある。
2 開山祭「貞逸祭」の始まりについて
『信濃毎日新聞』 昭和42年(1967年)6月29日 第12面(中南信版)「中信 北安曇 【松沢貞逸レリーフ祭】」に、白馬村観光連盟、案内人組合主催で7月1日 白馬村の大北農協北城事務所でひらく、とある。後日の記事を探したが、行われた内容などの記事は確認できなかった。
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なお、後日、白馬村図書館から白馬館(松沢貞逸が創業した山小屋を経営する)様へ照会したところ、
『信陽新聞』昭和41年9月28日 掲載面は不明
『読売新聞』昭和41年9月29日 掲載面は不明
に、掲載があり、『信陽新聞』には、「9月24日に開催された」旨、記述があるとのこと。
また、白馬館様が所有する当日の「式辞」の写しを拝見したとのことで、9月24日の日付が明記されていたと回答を得た。
さらに、第1回貞逸祭については、式辞の写しを拝見し「第一回貞逸祭開催」が「昭和42年7月1日」であったことを確認できたとのこと。
- 回答プロセス
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1 主だった白馬村関連の資料は調査済みのため、山岳関係の資料を中心に開山祭の記述を調べるが、第1回貞逸祭の記述はない。
2 別の新聞を調査する。データベースでは、地方版は全文検索ができない時代のもののため、昭和41年9月については、開催されたとされる日の10日前から記事を見ていく。昭和42年については6月20日ごろから見ていく。
<調査資料>
・『長野県史 通史編 第8巻』長野県編 長野県史刊行会 1989【N209/11-4/8】
p.489-492「登山の大衆化」のうち、p.490に松沢貞逸の名前が見えるが、レリーフや貞逸祭に関わる記述は確認できなかった。
・『北アルプス この百年 (文春新書)』菊地俊朗著 文芸春秋 2003【291.52/キト】
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫編著 竹書房 1997【291.03/ムト】
・『新日本山岳誌』日本山岳会編著 ナカニシヤ出版 2016【291.03/ニホ】
・『明解 日本登山史』 布川欣一著 山と渓谷社 2015 【786.1/ヌキ】
- 事前調査事項
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『白馬岳の百年』菊地俊朗著 山と渓谷社 2005【291.52/キト】
『博物学と登山』市立大町山岳博物館編編・刊 2020【N370/363】
『顕彰碑にみる人物登山史』日本山岳文化学会登山史分科会編 2011【N786/249】
『信毎年鑑』信濃毎日新聞社出版局出版部編 信濃毎日新聞社【N059/2】
『白馬村公民館報』白馬村公民館編【N379/655】
『白馬村広報誌合本版』白馬村役場企画調査課
『白馬の歩み 第4巻』「白馬の歩み」編纂委員会 編馬村 1994【N231/51a/4】
『百年の息吹』白馬山案内人組合創立100周年記念事業実行委員会編・刊 2019
『北アルプス開拓誌』中村周一郎著 郷土出版社 1995【N231/28a】
『北アルプス白馬連峰』長沢武著 郷土出版社 1986【N231/39】
信濃毎日新聞データベース
- NDC
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- 戸外レクリエーション (786 10版)
- 参考資料
- キーワード
-
- 松沢貞逸
- 顕彰碑
- レリーフ
- 貞逸祭
- 開山祭
- 白馬岳
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 図書館
- 登録番号
- 1000332859