レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013/04/13
- 登録日時
- 2014/04/12 00:30
- 更新日時
- 2014/04/19 13:35
- 管理番号
- 6001001297
- 質問
-
未解決
現在読んでいる古記録「玄々斎随筆」に
「天和貞享の頃丹波かい原の握り墨□(一字未詳)也、てん満デヅルボといひて大坂の町を賣めくりし墨商人ありしよし、或人のかたりし」とあります。
「てん満デヅルボ」とはどのような意味があるのか、教えてください。関連の資料などありましたら、教えてください。
- 回答
-
(【 】内は府立図書館請求記号)
調査致しましたが、残念ながら「てん満デヅルボ」という言葉が何を意味するのか見つけられませんでした。
当館でも松井元泰の著書がありますので、その中や、柏原町志に関連したことがないか見ましたが、握り墨のことだけでした。また、売り声や大阪の方言ではないかと、調べましたが、わかりませんでした。
以下に、調査した資料名を書きます。
『古梅園墨譜』前・後編 【927/2】
『古梅園墨談』(芸苑叢書)【031/22】
p.11
「慶長の頃は世に松煙を取事を知らさりしに其頃丹波國貝原の古老里人の肥松を燈とするを見て其煙を墨に合すへき事を思ひ付煙をとる器具を調へ里人に教へて世渡りとなさしむ是よりして貝原の松煙世に廣まる十余年を經て煙工所を替て勢州の栗谷に移る谷に古松多く煤を出す事數十年其後松煙中絶す南都の墨家前々の煙工をかたらひ參河國神代山にして煙を取しむ山淺して纔七八年過ぎて紀州熊野山に移る熊野は深奥の山にして龍神山北山伯母か嶺等古松多し煙工山中に煙室を造り年々煤を出す事今に到て絶す當時の墨家に用るは皆此熊野煤なり」
『柏原町志』松井拳堂編 町志編纂委員会 昭和30年 【371/849】
p.136
「柏原握墨 元禄の頃、上山九左衛門が墨屋と称し、墨を作り、槇島駒谷山人の書言字考と合類摂用のも載せてあるが、今は伝らない。」という記載だけでした。
『近世上方語辞典』前田勇編 東京堂 昭和39年 【277/233】
『上方語源辞典』前田勇編 東京堂出版 昭和40年 【277/245】
『大阪方言事典』牧村史陽編著 杉本書店 昭和30年 【277/161】
『大阪ことば事典 新版』牧村史陽編 講談社 2004年 【818.6/59N】
『上方ことば語源辞典』堀井令以知編 東京堂出版 1999年 【818.6/41N】
『大阪ことば辞典』堀井令以知編 東京堂出版 1995 【818.6/24N】
『大阪府のことば』(日本のことばシリーズ27)明治書院 平成9年 【818.6/28N】
『江戸時代語辞典』潁原退蔵著 角川学芸出版 2008年 【813.6/34N】
『船場を語る』船場昭五会編 昭和62年 【328/1701】
『てんま』宮本又次著 大阪天満宮 昭和52年 【291.63/686N】
『天満の子 私本大阪天満誌』森田修一著 1998年 【289.1/2440N】
『古事類苑』文学部3 吉川弘文館 昭和58年 【023/1】
『重宝記資料集成』第31巻「万買物調方記」長友千代治編著 臨川書店 2007年 【031.3/32N】
天和貞享時代のすぐ後の、元禄5年(1692)の資料。
『繁花風土記』砭泉老人著 だるまや書房 1923 (文化11年序刊本の複製) 【378/346】
『町人文化論集』4「浪花のなりわい」原田伴彦編 柏書房 1981年 【325.9/187】
『文房清玩』上 宇野雪村著 平凡社 1986年 【927/75】
和62年 【328/1701】
『てんま』宮本又次著 大阪天満宮 昭和52年 【291.63/686N】
『天満の子 私本大阪天満誌』森田修一著 1998年 【289.1/2440N】
『古事類苑』文学部3 吉川弘文館 昭和58年 【023/1】
『重宝記資料集成』第31巻「万買物調方記」長友千代治編著 臨川書店 2007年 【031.3/32N】
天和貞享時代のすぐ後の、元禄5年(1692)の資料。
『繁花風土記』砭泉老人著 だるまや書房 1923 (文化11年序刊本の複製) 【378/346】
『町人文化論集』4「浪花のなりわい」原田伴彦編 柏書房 1981年 【325.9/187】
『文房清玩』上 宇野雪村著 平凡社 1986年 【927/75】
[事例作成日:平成26年2月28日]
- 回答プロセス
- 事前調査事項
-
「玄々斎」は奈良にある古梅園の第6世松井元泰のこと。玄々斎はその号。
- NDC
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- その他
- 内容種別
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000152052