レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023年2月1日
- 登録日時
- 2023/09/22 11:27
- 更新日時
- 2023/11/06 14:48
- 管理番号
- 中央-1-0021665
- 質問
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解決
大宮区役所旧庁舎は昭和41(1966)年に竣工したものだが、その庁舎の前には何が建っていたのか(何に使われていた場所だったのか)知りたい。昭和41年の直前の使途及び可能であればその前の使途も知りたい。
- 回答
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昭和41年の建設時、旧市庁舎と同じ場所に新市庁舎(現在の旧大宮区役所)が建てられたことがわかった。
旧市庁舎は、昭和2年に内閣賞勲局の建物の払い下げを得て移築されたものであるため、昭和2~40年の間は、現在の旧大宮区役所と同じ場所に、旧大宮市庁舎(元・大宮町役場庁舎)が建っていた。
また、旧市庁舎以前(昭和2年以前)については、どのような土地利用がされていたかは分からなかった。
旧大宮区役所に隣接している倉屋敷稲荷神社は江戸時代から存在しており、大正3年頃の地形図でも、旧大宮区役所の場所に神社があったことを確認できるため、昭和2年以前は神社の敷地であったのではないかと推察される。
また、明治はじめに廃寺となった宗金寺跡が大宮市役所になっている、という記述や、旧大宮区役所と宗金寺の位置を示した地図が記載されている資料があり、明治はじめまでは、同場所には寺があったことが分かる。
以上を回答とし、回答プロセスの○印をつけた、昭和41年の直前の使途の根拠となる資料とその前の使途の推察の参考になる資料を紹介した。
- 回答プロセス
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【昭和41年の直前の使途について】
●所蔵の大宮市の行政関係資料を探す
○『市勢要覧大宮 1966年版』大宮市総務部庶務課統計係/編集 大宮市役所 1967年
p.6「市庁舎の概要」に市庁舎建設についての説明あり。
△『新しい市庁舎』大宮市広報課/編 大宮市役所 1966年
最終ページに新庁舎の「概要」がある。
○『おおみや 市制施行35周年記念誌』大宮市役所 1975年
p.6-10 「明治以後の大宮」という年表あり。
●埼玉関係データベースで「大宮」&「市庁舎」で検索。
埼玉新聞の記事のうち、関係しそうな見出しをピックアップ。
・「新市庁舎の現在地案を了承 大宮市会全員協議会」1964/3/6 – 2
・「ボーリング地質調査はじまる 大宮市庁舎現位置で〔写真あり〕」1964/3/26 – 8
→旧市庁舎と同じ場所に新市庁舎が建てられたことが分かる。つまり、昭和41年以前もこの土地は市庁舎として使われていた。
【昭和2年より前の使途について】
●所蔵の地域資料を検索
○『地図で見るさいたま市の変遷 明治・大正・昭和・平成の4代120余年の歴史が読める』日本地図センター 2003年
大正3年頃の地形図を見ると、旧大宮区役所の位置に神社マークを確認できる。
○『大宮の郷土史 第39号』大宮郷土史研究会/編 大宮郷土史研究会 2020年
p1-22 倉屋敷稲荷神社絵馬・奉納額調査報告
うち、p1「旧大宮区役所(旧大宮市役所)の南に隣接し、旧大宮市役所の建設の折南に少し移動し、境内の一部は駐車場になり、往時の姿からすると狭くなっている。」とある。
○『大宮市史 第3巻 下 近世地誌編』大宮市役所 1973年
p19「宗金寺は、玉龍山と号し、曹洞宗、東光寺の末寺で、本尊に薬師を安置していたが、明治の初め廃寺となった。寺跡は大宮市役所となっている。」
○『ウォーク・イン・中山道浦和宿』さいたま市立浦和博物館/編 さいたま市立博物館 2004年
p16 大宮宿
ページ上部に大宮駅近辺の地図が掲載されており、旧大宮区役所のところに宗金寺跡の印がついている
- 事前調査事項
- NDC
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- 関東地方 (213)
- 参考資料
- キーワード
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- さいたま市大宮区
- 大宮市役所
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 団体
- 登録番号
- 1000338933