レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2015/10/05
- 登録日時
- 2015/12/21 00:30
- 更新日時
- 2016/03/27 16:06
- 管理番号
- HC-15022024
- 質問
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解決
森鴎外が山椒大夫を書いたのはどこか。
- 回答
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『鴎外歴史文学集』3巻(1999年 岩波書店)の解題p.394に、「大正3年12月2日山椒大夫を草し畢(おわ)」り、…日記を繰ると前月の11月19日に滝田が鴎外のもとを訪れたことを確認することができるので、おそらくこの日原稿依頼がなされたのであろう」と書かれた当時のことが載っています。『鴎外の遺産1 林太郎と杏奴』(2006年 幻戯書房)p.489にも、「大正3年12月2日 山椒太夫を草し畢る。12月3日 山椒大夫を[中央公論編集者]瀧田哲太郎に交付す。」と記載されています。
『鴎外全集』第35巻日記(1975年 岩波書店)でその前後p.641~643を確認。特に旅行や赴任など遠出をした様子はありません。
なお、この時期どこに住んでいたかといいますと、『森鷗外 』(1992年 小学館)p.151によると、鴎外が明治二十五年より大正十一年六十歳で没するまで住んでいた家があり(「観潮楼」と名付けられていました)、今は文京区立鴎外記念本郷図書館(千駄木1-23-4)となっている場所である旨の説明があります。ここで執筆されたと思われます。
なお、文京区立鴎外記念本郷図書館は2012年に「文京区立森鴎外記念館」となったようです。ホームページにも「観潮楼」の説明があり、住んでいた期間も明治25年から大正11年と説明があります(http://moriogai-kinenkan.jp/modules/contents/index.php?content_id=1 2015年10月5日確認)。
その他、前述の『鴎外全集』(1975年 岩波書店)の第38巻や、『森鷗外全集』 別巻(1977年 筑摩書房)に年譜が載っていて、明治二十五年の項にこの家に住み始めたことが書かれています。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本文学 (910 8版)
- 参考資料
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- B11613506 鷗外歴史文学集 第3巻 森鷗外/著 岩波書店 1999.11 918.68 4-00-092323-4
- B10429637 鷗外の遺産 1 小堀鷗一郎/編 幻戯書房 2004.11 910.268 4-901998-09-9
- B11056466 鷗外全集 第35巻 森林太郎/著 岩波書店 1975 918.68
- B11334554 森鷗外 池沢夏樹/[ほか]著 小学館 1992.5 910.268 4-09-567002-9
- 文京区立森鴎外記念館 http://moriogai-kinenkan.jp/modules/contents/index.php?content_id=1 2015/10/5
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献調査
- 内容種別
- 参考
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000186091