レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023年09月15日
- 登録日時
- 2023/12/10 12:20
- 更新日時
- 2023/12/14 14:45
- 管理番号
- 000011080
- 質問
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解決
①山口県では鷹狩りの文化があったか。
②文書館が作成した萩藩の役職図を見ると上代の中に「鳥飼」があるので、それが鷹匠の役職かもしれないが、『分限帳』ではみつからないので、鷹匠が役職としてあったのか確認してほしい。
- 回答
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鷹狩の文化について大系的に記したものは見当たらないが、階級として「鷹匠」があり、下記資料5で鷹狩を行っていた記録を見ることができる。鷹匠は役職ではなく階級なので、役職一覧には載っていない。
資料1:「舊長藩士卒階級一覧表」によると、毛利秀就時代から階級として「鷹匠」があり、狩猟用の鷹に関する一切を担っていたとのこと。「舊長藩職役一覧表」で「鷹匠」が担っていた職役を確認したところ、「御鳥部屋検使」の就職階級として「鷹匠」があった。旧版である『稿本もりのしげり』であれば国立国国会図書館デジタルコレクションで閲覧可。全文検索で「鷹匠」を検索すれば該当箇所を確認できる。
資料2:「御鷹匠」5人について記載あり。
資料3:資料2に掲載の鷹匠の家について、嘉永5年成立の分限帳で確認することができる。
資料4:「鷹匠」と「御鳥部屋頭人」について説明あり。鷹匠は鷹を飼育して藩主の遊猟に供し、かつそれに関する一切のことを掌るもの。御鳥部屋頭人は鷹の飼養に関する事務を掌るもの。
資料5:「三田尻お茶屋へ宿泊して狩を楽しんだという記録は多く、萩の部署にも鷹部屋があって御鷹野が催されていた」とある。(本文に「鷹を使って狩をすることを御鷹野、または鷹狩りという」とある)この記事には八代藩主重就の鷹狩りの記録が紹介されている。
資料6:福栄村にある森田家住宅の説明に、「近くに藩の御鷹場があったため、藩主の休息所ともなっていた」とある。
鷹狩ではないが、令和3年第4回山口県文書館資料小展示「お殿様、狩りへ行く」で狩猟に関する文書が公開されていたので紹介した。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (21 9版)
- 釣魚.遊猟 (787 9版)
- 参考資料
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1.時山 弥八 著 , 時山 弥八. もりのしげり 増補訂正. マツノ書店, 2015.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I061777301-00 (p269、330) -
2.樹下明紀, 田村哲夫 編 , 樹下, 明紀, 1940- , 田村, 哲夫, 1924-. 萩藩給禄帳. マツノ書店, 1984.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001719043-00 (p530) -
3.安藤紀一 [筆写] , 萩郷土文化研究会 編 , 安藤, 紀一, 1865-1935 , 萩郷土文化研究会. 萩藩分限帳 改訂版. 萩市郷土博物館友の会, 1979.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001449821-00 (p167、126、31、49) -
4.山口県 , 山口県. 山口県文化史 通史篇 増補版復刻版. マツノ書店, 1977.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I071323140-00 (p462、479) - 5.伊藤義登. 毛利重就と御鷹野. 防府史談会, 平成15年3月. 佐波の里[防府史談会会誌] 通巻31号 (p66-69)
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6.山口県教育会 編 , 山口県教育会. 山口県百科事典. 大和書房, 1982.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001554871-00 (p770右(森田家住宅の項))
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1.時山 弥八 著 , 時山 弥八. もりのしげり 増補訂正. マツノ書店, 2015.
- キーワード
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- 鷹狩--日本--歴史
- 官職--日本--歴史--江戸時代
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000343238