レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2014/08/12 10:44
- 更新日時
- 2014/11/25 17:35
- 管理番号
- 市川20140201-01
- 質問
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解決
北条・里見の戦いで里見方の大将義弘が乗っていた馬の名前が知りたい。
- 回答
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質問の「北条・里見の戦い」とは「国府台の合戦」を指すと思われる。
この合戦は戦国時代に安房の里見氏と小田原の北条氏が市川市国府台で戦った合戦で、
1538(天文七)年の一次と1564(永禄七)年の二次があり、里見義弘が大将となった戦は二次である。
『房総里見氏の研究』(大野太平/著 千葉県郷土資料刊行会 1933)(復刻版 1972)p.245に
二次国府台の合戦の記載があり、「『藩翰譜』(はんかんふ)には
『義弘が乗たる椎津驪しひつくろといふ馬殊の外に疲る。
椎津掃部これを見て急ぎ馬より飛で下り義弘をぞ乗せたりける。』」とある。
またその後に、「按ずるに義弘の乗馬椎津驪とあるは椎津掃部の乗馬であらう。
義弘の乗馬は“嵐鹿毛”とある方が正しからうと思ふ。
義弘に馬をさゝげたものは安西伊豫守か椎津掃部か判定すべき史料がない。」との記載がある。
また、『房総里見一族 増補改訂版』(川名登/著 新人物往来社 2008)p.110にも
「義弘も駿馬“嵐鹿毛”に乗って奮戦し、敵数騎を斬って落としたが、
流れ矢に乗馬を倒され、いまはこれまでと思うところへ、安西伊予守実元が走り寄り、
自分の乗馬に義弘を乗せて戦場を落とし、自分はとどまって戦死した」とある。
同様に『「里見八犬伝」外伝 万木城炎上』(野中美弥/著 文芸社 2002)のp.148にも
「義弘も名馬・“嵐鹿毛”を流矢で倒され、これまでかと思ったとき、
房州の安西伊予守実元が走り寄ってきて、自分の乗馬を義弘に差し出した」とある。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (210 8版)
- 参考資料
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大野, 太平, 1878-1944 , 大野太平 著. 房総里見氏の研究. 大野太平, 1933.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002178759-00 -
川名登 著 , 川名, 登, 1934-. 房総里見一族 増補改訂版. 新人物往来社, 2008.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009295207-00 , ISBN 9784404035226 -
野中美弥 著 , 野中美弥 著 , 野中, 美弥, 1918-. 「里見八犬伝」外伝. 文芸社, 2002.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003658583-00 , ISBN 4835542045
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大野, 太平, 1878-1944 , 大野太平 著. 房総里見氏の研究. 大野太平, 1933.
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000158066