『岩石学辞典』(資料①)の索引から「桜石」を探したが、該当がなかった。
『石の俗称辞典』(資料②)を確認すると、「桜石(さくらいし)」の項目が見つかった。そこには「各地にある。」とあり、7つの地域の事項が記されている。このうち「天然記念物」と、記載がある事項には「京都府亀岡市稗田野町(ひえたのまち)柿花(かいはな)天満宮および奥条(おくんじょう)産のものをいう。」とある。またこの桜石にまつわる伝説について書かれている。桜石自体については「両雲母花崗岩の接触変成作用により古生層の粘板岩が変成し、雲母ホルンフェルスとなった中にできた菫青石の斑状変晶」、「三連双晶によって六角形の断面が径1~2cmの花びらのような形を示すことから命名。」と書かれている。また「大正11年(1922)年天然記念物に指定、昭和32年(1957)に名称変更。」とある。その他、桜石について記した資料として「木内石亭『雲根志』に記載されているが、それより20~30年も前に本草学者の松岡玄達が記載している。」という一文がある。
資料②の内容から木内石亭の『雲根志』(資料③、④)の所蔵を確認する。
『覆刻日本古典全集 雲根志』(資料③)の著者の木内小繁は、同書末尾にある「雲根志解題」の内容から木内石亭と同一人物であることがわかる。この資料の中に「櫻石」の記述があり、柿花村の桜石についても触れられている。
『口語訳雲根志』(資料④)は『雲根志』を口語訳した資料で、該当ページの末尾には「桜天神の桜石は現在、天然記念物になっています。「昭和雲根志」二七頁に詳しい。参照して下さい。」と添えてある。
『石 第1編 昭和雲根志』(資料⑤)を確認すると、「桜石〔雲根志〕菫青石(変質仮像)」の箇所に柿花の天神山の麓にある「桜天満宮」の桜石についての伝説や厄除けのお守りとされるようになった経緯などが書かれている。さらに、木内石亭の『雲根志』や松岡玄達の『怡顔斎石品』の記述も紹介されている。桜石の白黒写真も3点掲載されている。また「天神山稜線の桜石多産地の一部が、大正十一年天然記念物に指定され、現状を変更するような一切の行為を禁じ、そこには「天然記念物?田野村菫青石仮仮晶」と刻んだみかげ石の柱がたっている」と書かれている。さらに鉱物的観点からも記されている。
資料⑤より松岡玄達の『怡顔斎石品』を国立国会図書館デジタルコレクションで検索し、松岡玄達『怡顔斎石品. 巻1』(資料⑥)に「櫻石」(68-69コマ目)の記述が見られる。
『日本の天然記念物』(資料⑦)の都道府県別索引より京都の箇所を確認すると「桜石」では記載がないが「?田野の菫青石仮晶」で掲載がある。該当ページには「亀岡市?田野町の天神山からとれるものは江戸時代から桜石として有名であったが、これは菫青石の一種であって、断面が桜の花のように見えるのでこの名がある。」等解説があり、桜石のカラー写真が2枚掲載されている。
「国指定文化財等データベース(資料⑧)で「稗田野の菫青石仮晶」を検索すると該当があり、「写真一覧」から桜石の3枚の写真が表示された(内1枚は同一写真を拡大したもの)。