レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021/06/29
- 登録日時
- 2021/07/02 00:30
- 更新日時
- 2021/07/12 15:46
- 管理番号
- 秋田-2596
- 質問
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解決
昭和戦前の東伏見宮妃殿下の秋田御成について調べてほしい。
昭和5年と昭和9年の二回、具体的な日にちと御献上品の内訳も知りたい。
- 回答
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次の資料を案内。
①『秋田県人雑誌、3巻1号~5巻5号』(秋田県人雑誌社/編、1930、A051/1/1930-1932)資料番号:110709755
②『秋田1巻1号~2巻12号』(秋田社/編、1933、A051/2/1933-1934)資料番号:110709391
③秋田魁新報 マイクロフィルム
・昭和5年9月17日2面「御機嫌麗しく秋田駅御降車」
・昭和5年9月18日2面「御召車の窓から御会釈遊ばさる」
・昭和9年5月16日2面「新緑薫る羽後路に第一歩を印せらる」
・昭和9年5月17日2面「献上品」
・昭和9年5月17日夕刊1面「大舘郷土史を献上」
『秋田県庁文書群目録 第7集』(秋田県公文書館/編、2010、018/アア/郷)資料番号:129329058に記載されている「東伏見宮妃行啓関係」の文書は秋田県公文書館に所蔵あり。詳細は秋田県公文書館へ。
- 回答プロセス
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1、「東伏見宮」で書誌検索するも該当なし。
2、秋田県史、年表等で確認するも記載なし。
3、当時の雑誌を確認。以下の資料が該当。
①『秋田県人雑誌、3巻1号~5巻5号』(秋田県人雑誌社/編、1930、A051/1/1930-1932)資料番号:110709755
→第3巻7月号、p8-10、17 「三度び感激の記 安藤和風」
御安着の九月十六日午後二時過ぎ秋田駅に奉迎をなせし後 との記載あり。(昭和5年)
②『秋田1巻1号~2巻12号』(秋田社/編、1933、A051/2/1933-1934)資料番号:110709391
→第2巻6月号、p13 「東伏見宮大妃殿下御下県」
五月十五日、若葉に香る秋田へ御下県遊ばされた との記載あり。(昭和9年)
4、来県の日付が判明したので該当の日付の新聞を確認。
『秋田魁新報 マイクロフィルム』
・昭和5年9月17日2面「御機嫌麗しく秋田駅御降車」
東伏見宮大妃殿下には十六日午後二時十三分秋田駅に御着あそばされた との記載あり。
・昭和5年9月18日2面「御召車の窓から御会釈遊ばさる」
横手町からは菓子、漬物、人形を献上した との記載あり。
・昭和9年5月16日2面 「新緑薫る羽後路に第一歩を印せらる」
東伏見宮妃殿下は御予定の如く十五日午後四時三十五分着下り列車で横手町に第一歩を印せられ との記載あり
・昭和9年5月17日2面「献上品」
御来県の東伏見宮妃殿下に対し奉り十六日左の如く献上の願ひ出があった
△伊藤興助翁教訓歌百首、県教育会長
△クッション、テーブル掛け(生徒製作品)、郷土読本一冊、秋田高等女学校校長
△大塔宮御血脈に関する研究一冊 神功皇后御尊像、武内宿彌像、西行法師像、芭蕉翁像、心月紅蓮禫尼象、寶物冩眞拾枚、皇后山〇(女偏に甘)満寺住職植木石英 との記載あり
・昭和9年5月17日夕刊1面「大舘郷土史を献上」
郷土史二部を献上することになった との記載あり
以下の資料も調査したが、記載なし。
×『秋田県史 通史編 第6巻』(秋田県/編、1977、210/アア/6)資料番号:111327375
×『秋田県史 通史編 第7巻』(秋田県/編、1977、210/アア/7)資料番号:111327383
×『秋田の歴史年表、秋田県公文書館所蔵資料に見る』(秋田県公文書館/編、2007/A203/22/)資料番号:129183364
- 事前調査事項
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秋田県庁文書群目録第7集に「東伏見宮妃殿下御関係書類」がある。
- NDC
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- 総記 (0)
- 参考資料
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- 秋田県人雑誌3巻1号〜5巻5号秋田県人雑誌社/編秋田県人雑誌社
- 秋田1巻1号〜2巻12号秋田社/編秋田社
- キーワード
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- 東伏見宮妃(ヒガシフシミノミヤ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000301205