レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023年07月01日
- 登録日時
- 2023/12/22 11:47
- 更新日時
- 2023/12/22 11:47
- 管理番号
- 市川20230701-01
- 質問
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解決
江戸川河川敷の千葉県市川市側に並ぶ野球場がどうして作られるようになったのか経緯を知りたい。昭和49年にグラウンド整備に関する陳情が出されたようである。
- 回答
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『市川市史年表』(市川市史年表編集委員会/編集 市川市 1977)のp.413-414に、「昭和47 10月 市川商工会議所・北越製紙・明治乳業が専有していた江戸川河川敷野球場が市管理となる」との記述がある。
また、『市川市議会定例会会議録 昭和49年9月』(市川市議会事務局/編集 市川市議会 1974)p.1143には「陳情第18号河川敷整備に関する陳情 大洲2丁目、大和田5丁目地先の江戸川河川敷グラウンドは、近年、水ぎわが侵食され、危険であり、また雨後の排水も悪いので、護岸工事を早急に施し、排水もよくしてほしいとの趣旨であります。本委員会といたしましては、願意の大体を妥当なるものと認め、採択すべきものと決定いたしました。」という記載がある。
その後、『教育調査 昭和50年度』(市川市教育委員会/編 市川市 1975)の第7章 青少年教育の「昭和50年度市川市青少年健全育成対策事業計画」p.108に、「江戸川河川敷緑地整備工事運動施設の整備等」との記載があった。
なお、『市川市の教育』の社会教育・スポーツの項目に野球場の記載があり、『市川市の教育 昭和54年度版』(市川市教育委員会 1979)p.95に野球場は9面とあり、『市川市の教育 平成11年度版』(市川市教育委員会 1999)p.86には野球場は10面、また、『市川市スポーツ振興基本計画』(市川市文化スポーツ部スポーツ課/編集 市川市 2017)p.7によると、平成29年に12面となっていたことが分かる。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション (090 8版)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000343833