レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20190329
- 登録日時
- 2023/06/01 00:30
- 更新日時
- 2023/06/01 00:30
- 管理番号
- 徳郷20190313
- 質問
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解決
徳島県の酪農の歴史についてわかるものはないか。特に明治ごろの酪農のはじまりについて知りたい。
- 回答
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【A】『徳島県郷土事典』
p.247-253「(6) 酪農」 酪農の始まりから現在まで解説。
明治15年から昭和19年、昭和25年から48年までの飼育頭数等の推移表あり。
「預託による乳牛飼育が名西郡高原村(現石井町)で行われ、搾乳は同郡内で始まった」とある。
【B】『徳島の畜産』
p.3-14「第1節 明治時代の畜産」 畜産の説明中に、酪農について言及あり。戦後からのみ独立して酪農について解説。
「明治後期においては(略)京阪神の牧場(牛乳屋)で生産された子牛を成牛まで育成する預託牛の乳業飼育農家が増加したが、搾乳は徳島市の蜂須賀牧場、片山牧場、撫養町の三谷牧場、富田牧場等の牛乳を処理販売するいわゆる牛乳屋さんと、これら牧場に牛乳を販売していたごく一部の農家で行われていた。」とある。
【C】『徳島市史 第3巻』
p.121-127「(二)酪農」
藩政時代から明治初期にかけては史料が乏しいのでほとんど明らかではない。
「明治十三年(1880)五月、名東郡徳島町の徳島監獄が、外国種の乳牛三~四頭を購入し、受刑者に搾乳させて、新蔵丁の士族屋敷に設けた牛乳販売所で一般に販売を開始している。」とある。
他、徳島市および徳島県の酪農の発展について解説あり。
他、郷土DBより各史料村史の酪農の項を紹介。
【D】『鳴門市史 中巻』
p.1087-1095「(二)酪農」
酪農の先駆者・三谷秀太郎、三谷牧場、ドイツ兵捕虜と富田牧場
【E】『石井町史 上巻』
p.899-908「七 酪農」
「明治39(1906)年に、上浦の堀江春吉がホルスタイン乳牛一頭を飼育した」が、石井町で最も古い記録。
「明治末に石井の小西卯平は乳牛数頭を飼育し牛乳販売業を開始」
「大正12(1923)年、高原村桑村半平らの推奨によって阪神地方の牧場との預託牛飼育がはじまり、高原村の(略)十数名がこれに参加した」とあり。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 畜産史.事情 (642 8版)
- 参考資料
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- 【A】徳島県郷土事典 (T030トク247-253徳島県高等学校教育研究会/編 地歴学会事務局(徳島県立板野高等学校 1974)
- 【B】徳島の畜産 (T640トク83-14徳島県議会畜産振興議員連盟/編 徳島県議会畜産振興議員連盟 1988.08)
- 【C】徳島市史 第3巻 (T210トク4-3121-127徳島市史編さん室/編 徳島市教育委員会 1983.03)
- 【D】鳴門市史 中巻 (T220ナル3-チュウ1087-1095鳴門市史編纂委員会/編 鳴門市 1982.03)
- 【E】石井町史 上巻 (T252.1イシ31-1899-908石井町史編纂室/編 石井町 1991.02)
- キーワード
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- 酪農 乳牛
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000333805