レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023年02月20日
- 登録日時
- 2023/01/13 11:46
- 更新日時
- 2023/01/20 12:54
- 管理番号
- 福郷-173
- 質問
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解決
現在の福岡県糸島市にある「烏帽子島灯台」が作られた経緯や当時の状況が知りたい。
- 回答
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◆参考資料1『新修志摩町史』下巻(『新修志摩町史』編集委員会/編 2009.3)
p.426に
「灯台と官舎は明治六年(一八七三)六月一日、英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計、元尼崎藩士中沢孝政の監督によって着工された。明治八年(一八七五)八月一日に初めて点灯され」とある。
当時の様子として「滞在管理のための大小二棟から成る石造官舎も同時に建設されたとみられる。
灯台詰員は五人、常時三人が詰め、二人が退息し、退息所は佐賀県呼子町に置かれた。」とある。
p.426-428「第九編文化財」の「四 洋風建築」「烏帽子島灯台官舎および貯水庫(烏帽子島)」に建築を中心とした概略と、「図39 烏帽子島灯台官舎および貯水庫」に平面図や外観の写真あり。
①当時の状況に関する記述について
◆参考資料2.「烏帽子島灯台の記録と記憶」河合修(『糸島市立伊都国歴史博物館紀要』2021年16号)
p.43の「Ⅱ.烏帽子島灯台の概要 (1)灯台建設の背景」の項目に、明治5(1872)年8月12日付の工部省伺を引用し、「略 烏帽子島が下関と長崎を結ぶ航路の夜間の難所であるため、灯台を建築することになったと述べている。」とある。
p.44-48のⅡ「(3)烏帽子島灯台の経歴」・「Ⅲ.困難を極めた烏帽子島での灯台建設」に当時の工事の状況について次の内容が書かれている。
・厳しい環境での工事であったため、使う資材についての考慮がなされたこと
・西から東へ流れる潮流を勘案して、呼子先方地区に工事拠点を置き、そこから建築資材や大量の水、食料を片道23kmの距離を手漕ぎ船で島まで渡っていたこと
・度重なる計画変更や追加工事などがあったこと
p.54-55の「「Ⅵ.灯台守の記録と記憶」に当時の灯台職員について以下のような内容が書かれている。
・灯台職員は5人体制で、常時3人が烏帽子島灯台に詰め、2人が呼子町の退息官舎で退息する交代制がとられており、初期の頃は、呼子から片道23kmを櫓櫂船で渡っていたこと
・竣工直前の明治9(1876)年1月25日職員交替の際、船が荒波で転覆し9人が行方不明になるという事故が起こったこと
・無線が無かった時代の灯台と退息所の連絡には信号を用い朝夜の決まった時間帯に望遠鏡で確認して情報を伝えていたこと
・気象観測や正確な時間の把握に日時計を用いていたこと
p.49の「Ⅳ.烏帽子島灯台関係文書」に「表2.唐津海上保安部所蔵烏帽子島灯台関係文書目録」がある。
②英国に関する記述について
◆参考資料3.「海を照らし続ける 西洋の城 烏帽子島灯台 生誕140周年」(『広報 いとしま』2015年8月1日号 134号)
p.2-3にて灯台ができるいきさつと設計・施行したブラントンや当時の難工事の様子について記されている。
また、英国の関連として、「烏帽子島灯台は日英両国の技術を結集して作られたのです。」とある。
また、同年9月26日から「玄界灘の大英帝国 烏帽子島灯台140年の灯(ともしび)」というタイトルで「烏帽子島灯台点灯140周年記念 志摩歴史資料館秋季企画展」開催の告知あり。
◆参考資料4.「灯台 海の大英帝国」高松隆之助(『西日本新聞』連載記事)に3日間に渡り烏帽子島について記述あり。掲載紙面及びタイトルは以下のとおり。
・1991(平成3)年7月1日夕刊2面 「灯台 海の大英帝国(1) 烏帽子島1」
・同7月2日夕刊2面 「 同(2) 烏帽子島2」
・同7月3日夕刊2面 「 同(3) 烏帽子島3」
「烏帽子島2」に「玄界の孤島に本国から取り寄せたマントルピースを置き、ドアの高さも本国並み、室名も英語で書いた。灯台番の事務机も英国製である。この施設の注文者が日本人だという配慮はみじんもない。」とある。
「烏帽子島3」に「人情話の中にいた一家」とあり、「明治期の工部省にいた故羽丹静修」の手記よりエピソードが引用されており、以下に要約する。
・ブラントンは時計の修理もしてお金をもらっていた。
・息子は、近所の子の玩具を奪って屋根に放り上げるなどいたずら者だった。その子の姉はブラントン夫妻より先に帰国したが、「両親をよろしく頼みます。」と挨拶して皆が泣いた。コックの妻からもらった餞別の針箱を抱えて「国に帰ったら、これをお前だと思って大事にするよ」と言ったので妻は泣いた。
なお、点灯や竣工当時の新聞は所蔵がない。
- 回答プロセス
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自治体史調査、西日本新聞データベース検索で「烏帽子島灯台」をキーワードとして検索したほか、同キーワードで自館検索をした。
- 事前調査事項
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2008年5月9日「佐賀新聞」
- NDC
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- 西洋の建築.その他の様式の建築 (523 10版)
- 参考資料
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- 新修志摩町史 下巻 『新修志摩町史』編集委員会/編集 志摩町 2009.3 K227/1/シ (p.426-428)
- 糸島市立伊都国歴史博物館紀要 2021年 16号 糸島市立伊都国歴史博物館 M/KC/3142
- 広報いとしま 2015年 120-143号 糸島市 B/113/1 (p.2-3)
- 西日本新聞 平成編2 (平成2年7月~平成3年12月) 西日本新聞社 c2000 N/K/95
- キーワード
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- 烏帽子島灯台 玄界灘の大英帝国 ブラントン 糸島市 志摩町
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000327283