レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年9月16日
- 登録日時
- 2023/08/20 14:59
- 更新日時
- 2023/08/20 17:17
- 管理番号
- 9000040472
- 質問
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解決
江戸時代から明治時代に、甲府西一条町(若松町)に存在した芝居小屋「亀屋座」(後「若松座」に改称)の写真または絵があるか。
- 回答
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今回の調査で確認できた絵は次のとおり。
1.亀屋座:金手町・教安寺境内の常芝居地にあったころの絵【1765(明和2)年5月~1803(享3)年】
「甲州道中分間延絵図」に描かれている教安寺境内に「芝居地」と書かれている部分がある。
2.亀屋座:西一条町(櫂屋町)にあったころの絵【1805(文化2)年8月~1883(明治16)年】
(1)「甲州一蓮寺地内正木稲荷之略図」(歌川国芳)のうちの1枚「芝居の遠景」に亀屋座のものと思われる幟の絵が描かれている。
(2)『甲府買物独案内』冒頭の「甲斐繁栄之図」に、亀屋座の櫓だと思われるものが描かれている。
(3)「懐宝甲府絵図」の西一条町に「芝居座」がある。
3.若松座に改称してからの絵【1883(明治16)年~1893(明治26)年】
『山梨甲府各家商業便覧』に若松座の店構えの図がある。
写真については確認できなかった。
- 回答プロセス
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1.『山梨の演劇』を確認
・『山梨の演劇』(小柳津浩/著 甲陽書房 1978年)〈資料番号0101988160〉pp.27-32「山梨最初の劇場と歌舞伎の隆盛」に亀屋座に関する記述あり。図版は甲州文庫の芝居番付を掲載。pp.55-60「三井座の創設を亀屋座の衰退」
2.『山梨県史』を確認
・『山梨県史 通史編4 近世』(山梨県/編集 山梨日日新聞社 2007年)〈資料番号0106975048〉pp.289-300「芸能にみる江戸と甲府のつながり」に亀屋座について記述あり。図版の掲載なし。
3.『甲府市史』を確認
・『甲府市史 通史編 第2巻 近世』(甲府市市史編さん委員会/編集 甲府市 1992年)〈資料番号0104616008〉pp.853-842に亀屋座に関する記述あり。p.836に図版「教安寺境内に設けられた芝居地(甲州道中分間延絵図」。その他の図版は芝居番付、亀屋座の紋。
※『甲州道中分間延絵図 第6巻 石和・甲府』(東京美術 1986年)〈資料番号 0106965577〉p.17、解説編p.20に該当箇所あり。
・『甲府市史 通史編 第3巻 近代』(甲府市市史編さん委員会/編 甲府市役所 1990年)〈資料番号0104616016〉pp.174-175「亀屋座と三井座」図版なし。
・『甲府市史 史料編 第6巻 近代』(甲府市市史編さん委員会/編 甲府市 1989年)〈資料番号0104616131〉pp.809-818「演劇・寄席・活動写真館など甲府市内の演劇調査」(甲府商工会議所による大正4年5月現在の甲府興行会の調査報告)。亀屋座についてはpp.809-811。
4.雑誌論文等を確認
・「甲府芝居繁昌記(一)~(六)」(小澤柳涯) ※「地歴の甲斐」(大和屋書店)第1巻第3号(昭和11年3月)~第1巻第6号(昭和11年9月)、第2巻第3号(昭和12年3月)~第2巻第4号(昭和12年5月)に連載 図版なし。
・「甲府亀屋座芝居の享受」(金子誠司) ※「甲斐」第152号 2020年12月(山梨郷土研究会)pp.1-9 図版なし。
・「七代目市川團十郎と甲府亀屋座興行」(木村涼) ※「演劇映像学」2010第4集 2011年3月(早稲田大学演劇博物館グローバルCEOプログラム)pp.105-140 図版なし。
・「甲府の芸能と亀屋座」(飯室るり子) ※『甲府市史研究 第4号』(甲府市市史編さん委員会/編 甲府市 1987年)pp.142-144 図版は芝居番付。
5.図版の多い資料を確認
・『図説山梨県の歴史』(磯貝正義/編 河出書房新社 1990年)〈資料番号0102028370〉pp.160-161「甲府の劇場亀屋座」(飯田文弥)図版は芝居番付等。
・『図説甲府の歴史(山梨県の歴史シリーズ)』(郷土出版社 2000年)〈資料番号0103528451〉pp.164-165「芝居小屋の繁栄:団十郎と甲府」(石川博) 図版は芝居番付等。
6.上記の調査で、歌川広重が甲府に逗留した際、道祖神祭りの幕絵を描く仕事の合間に亀屋座で芝居見物をしていたことが分かったので、関連資料を調査。
・『歌川広重の甲州日記と甲府道祖神祭 調査研究報告書(山梨県立博物館調査・研究報告 3)』(山梨県立博物館/編集・発行 2008年)〈資料番号010459450〉収載の歌川広重「甲州日記」11月「旅中 心おほへ」のスケッチには該当なし。p.79に「芝居座」の部分に「←亀屋座」と書かれた地図があり。山梨デジタルアーカイブで「甲府絵図」の該当箇所を確認。
7.インターネット調査。
・Wikipediaの「一蓮寺」に、三代歌川豊国「甲州善光寺境内之図初午」の背景には幟(のぼり)や火の見櫓が立つ町並みが描かれ、左側には亀屋座と思われる芝居小屋が描かれている旨の記載があった。
・Wikipedeaの「甲府買物独案内」に、冒頭の「甲斐繁栄之図」は、長禅寺と考えられていた画面右奥の建物は一蓮寺にあたり、手前には亀屋座の芝居小屋が描かれている旨の記載があった。
8.7の参考資料を確認し、該当の絵を確認。
(1)三代歌川豊国「甲州善光寺境内之図初午」
・「芝居の遠景」山梨デジタルアーカイブ
http://digi.lib.pref.yamanashi.jp/da/detail?tilcod=0000000021-YMNS0121786
・「国芳の「一蓮寺」浮世絵と水面の富士」(石川博) ※「甲斐」第121号 2010年2月(山梨郷土研究会)p.165「亀屋座と思われる芝居小屋を左に、緑橋を右手前に見て、その間の上方に富士山が見え、橋を渡ったところに火の見櫓がある」
(2)「甲府買物独案内」
・『甲府買物独案内』山梨デジタルアーカイブ
http://digi.lib.pref.yamanashi.jp/da/detail?tilcod=0000000021-YMNS0121739
・「『甲府買物独案内』との対話」(高橋修)※「甲斐」第116号 2008年6月(山梨郷土研究会)p.105「以上の結論を前提とすると、一蓮寺の手前に黒地の四角に白丸で描かれた構造物について、形状的には芝居小屋のシンボルである櫓を描いたものと解し得るのである。丁度、この位置には巨大劇場であった亀屋座が存在していたことから、同小屋を描いたものと見做せよう」
9.マイクロフィルムにより甲州文庫資料を調査
・『升太の広告集』甲府八日町の菓子屋・升太(升屋)の広告などが貼られた貼スクラップブック。『図説甲府の歴史(山梨県の歴史シリーズ)』p.165によると、升屋は市川団十郎と懇意にしており、団十郎の似顔絵の包み紙のお菓子「親玉おこし」を作っていた。「山梨日日新聞」連載の「団十郎と甲府繁栄記」の記事の切抜きが貼付されており、記事中に『山梨甲府各家商業便覧』の若松座の店構えの図などが掲載されていた。
・『山梨甲府各家商業便覧』を確認すると、若松座の店構えの図があった。
※『山梨甲府各家商業便覧』国立国会図書館デジタルコレクションでも閲覧可。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803787 (114コマ目)
10.甲府市の写真集などを見たが、亀屋座(若松座)に関する写真は確認できなかった。
※各webサイトの最終アクセス2022.9.22
- 事前調査事項
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・『甲府歴史ものがたり:こうふ開府500年記念誌』(甲府開府500年記念誌編集委員会/編集 甲府市 2019年)〈資料番号0106864333〉pp76-79「芝居が甲府にやってきた」
・『甲府街史』(中丸 真治/共著 山梨日日新聞社出版局 1995年)〈資料番号0103110516〉pp.164-166「若松座」
- NDC
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- 劇場.演出.演技 (771 10版)
- 参考資料
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甲府市市史編さん委員会/編集 , 甲府市市史編さん委員会. 甲府市史 通史編 第2巻. 甲府市, 1992.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005775868-00 (p.836) -
甲州道中分間延絵図 第6巻. 東京美術, 1986.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001857973-00 (p.17,解説編p.20) -
山梨県立博物館 編 , 山梨県立博物館. 歌川広重の甲州日記と甲府道祖神祭調査研究報告書. 山梨県立博物館, 2008. (山梨県立博物館調査・研究報告 ; 3)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010083266-00 (p.79) - 山梨郷土研究会, 2010. 甲斐 第121号 (p.165)
- 山梨郷土研究会, 2008. 甲斐 第116号 (p.105-106)
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甲府市市史編さん委員会/編集 , 甲府市市史編さん委員会. 甲府市史 通史編 第2巻. 甲府市, 1992.
- キーワード
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- 亀屋座
- 若松座
- 芝居小屋
- 関東八座
- 芝居地
- 甲府市
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000337436