レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年11月21日
- 登録日時
- 2023/02/15 14:26
- 更新日時
- 2023/03/16 15:10
- 管理番号
- 水戸中2022-103
- 質問
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未解決
1700年代に水戸藩士から岩槻藩士になっている藤咲氏が、藩を移動した事情がわかる資料や水戸藩の家臣団についての資料が見たい。
岩槻藩に移った後は、家老職などを務めていた家だったそう。
- 回答
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分限帳を見ると藤咲姓の人物が3名確認。また、【水府系纂】の目録にフジサクという名前が3名みられる旨お伝えし、茨城県立歴史館を案内した。
国会デジタルでヒットした【武州岩槻藩大岡家史料】も紹介したが、水戸藩士時代の情報をお求めだったよう。
内原の杉崎町が元々の出身場所と考えられるそうで、内原の住宅地図〔藤咲姓が多いところ〕を複写して帰られた。
- 回答プロセス
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下記分限帳を出し、ご覧いただいているうちに、岩槻藩から調べることに。
藩を移動するという状況の検討がつかなかった為。
【寛文規式帳】【水戸藩御規式帳】→[茨城県史料 近世政治編Ⅰ]収録
【水戸御国武鑑】
【江水御規式帳】
岩槻藩【国史大辞典より】
現埼玉県にあった小藩。幕末には埼玉以外にも常陸や下野など関東県内に領地を持つ。
18世紀半ばに大岡氏が就藩するまで頻繁に主が変わる。
岩槻藩大岡氏初代の大岡忠光は将軍家重の信頼厚く、旗本から大名まで昇進。2万石の大名になったことで、岩槻藩を与えられた。
国会デジタルで検索すると岩槻藩の資料がヒット。
【武州岩槻藩大岡家史料】“諸席取調帳”の項にお年寄りとして藤咲金兵衛の名前あり。天明4年〔1784年〕の時点なので、【水戸御国武鑑】に載っている藤咲氏と別人と思われる。
また、末文の解説に、昇進に従い家臣が必要となり、他藩の微禄の子弟や旗本の次男三男、浪人などから家臣を召し抱えた。との記述あり。
【水府系纂】の目録が国文学研究資料館のデータベースで見られるようになったので、確認してみると、フジサクという名前の人は3名〔一人は藤作〕。茨城県立歴史館にて閲覧できる旨を伝えた。
分限帳には3名の藤咲姓の人物〔1人は僧侶〕の記載あり。ご本人は、各人の経歴などがわかるかと思われていたようですが、分限帳は制作時点でどんな役職に誰がいたかがピンポイントでわかるのみと伝えた。
岩槻藩に移動後のことはある程度わかっているので、水戸藩士時代のことを知りたい。金砂郷や内原の杉崎町に「藤咲」姓が多く、金砂郷の藤咲姓の人も訪ねる予定だそう。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (291)
- 参考資料
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茨城県史編さん近世史第1部会 編 , 茨城県史編さん近世史第1部会. 茨城県史料 近世政治編1. 茨城県, 1982.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I060769635-00 -
水戸御国武鑑. 茨城県, 1988-03.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I062321197-00 -
茨城県史編さん近世史第1部会編 , 茨城県史編さん近世史第1部会. 江水御規式帳. 茨城県, 1971.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I004815374-00 -
編集校訂: 大村進, 原初男 , 大村, 進, 1933- , 原, 初男. 武州岩槻藩大岡家史料. 岩槻市教育委員会, 1975.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001222151-00
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茨城県史編さん近世史第1部会 編 , 茨城県史編さん近世史第1部会. 茨城県史料 近世政治編1. 茨城県, 1982.
- キーワード
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- 水戸藩士
- 岩槻藩士
- 藤咲
- 分限帳
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000329008