レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2007/10/26
- 登録日時
- 2008/01/31 02:10
- 更新日時
- 2008/02/15 16:35
- 管理番号
- 埼浦-2007-098
- 質問
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解決
『小室家文書目録』(埼玉県立文書館 1997)p121-122に掲載されている、西馬(サイバ)から小室氏に宛てた書状は、何の目的で集められたのかを知りたい。
- 回答
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記述がある資料は、質問の資料のみだった。
『小室家文書目録』(埼玉県立文書館 1997)
p14-15「五代小室元長」の項に、「特に、逸淵の弟子である西馬とは交遊が厚く、西馬の嘉永2年(1849)「鳳朗発句集」刊行に際しては、父為一(元貞)とともに資金援助を行っている。(文書No.1014)」との記述あり。
※これは、p121〔文書番号:1014、表題:鳳朗句集料ニ付書状〕の解題。
※小室元長(俳名誠廬 小室家五代目 1822-1885年)、西馬(本名:冨所豊三郎弘門)
- 回答プロセス
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『小室家文書目録』(埼玉県立文書館 1997)の記述確認
p14-15「特に、逸淵の弟子である西馬とは交遊が厚く、西馬の嘉永2年(1849)『鳳朗発句集』刊行に際しては、父為一(元貞)とともに資金援助を行っている。(No.1014)」との記述あり。
※これは、p121〔文書番号:1014、表題:鳳朗句集料ニ付書状〕の解題。
『鳳朗発句集』に焦点を絞った調査
『日本俳書大系 15 近世俳話句集』(日本図書センター 1995)
p16に『鳳朗発句集』の解題があり、「死後西馬が主となつて・・・編輯校合したのである。」との記述あり。p577- 618には『鳳朗発句集』が所収されている。ただし、誠廬の記述なし。
『俳人久米逸淵』(群馬出版センター 1998)
p127に『鳳朗発句集』の刊行に関する簡単な記述はあるが、誠廬については記述なし。
『児玉町史史料調査報告 13 久米逸淵小伝』(児玉町教育委員会 1990)
p8に西馬が逸淵に入門したことについて記述あり。p42に『鳳朗発句集』の刊行に関する簡単な記述はあるが、誠廬については記述なし。
- 事前調査事項
- NDC
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- 詩歌 (911 9版)
- 貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション (090 9版)
- 関東地方 (213 9版)
- 参考資料
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- 『小室家文書目録』(埼玉県立文書館 1997)
- キーワード
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- 俳諧
- 誠廬(セイロ)
- 小室 元長(コムロ ゲンチョウ)
- 西馬(サイバ)
- 史料-都幾川村(現ときがわ町)-埼玉県
- 郷土資料
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000041413