レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年2月16日
- 登録日時
- 2022/02/18 09:02
- 更新日時
- 2022/02/22 20:19
- 管理番号
- 県立長野-21-235
- 質問
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解決
山から薪やそだを運搬する際に使う「一本そり」について記述がある市町村史誌はあるか。
- 回答
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・『長野県史 民俗編 第5巻 総説I概説』 長野県編 長野県史刊行会 1991 【N209/11-3/5-1】
第1部概説 第2章 仕事と行事 第2節 運搬p.433.に
(-前略-)中信の北安曇北部には、はしご状のニホンゾリ(二本そり)とイッポンゾリ(一本ぞ
り)とがあった。イッポンゾリというのは、一本の台木にV字形になった自然の曲がり木を二本と
りつけ、V字の中へ木材などをバランスよくつけて、V字形の一本を握って操作しながら斜面を滑
らせて運ぶものである。ニホンゾリはゆるやかな勾配の場所で使い、イッポンゾリは急坂で使用
する。ニホンゾリはあらかじめソリミチを作らなければならなかったが、イッポンゾリは道をつ
くらなくてもよいので便利である。北安曇郡小谷村大網では、イッポンゾリは明治時代末期に新
潟県から伝わってきたという。
とある。
・『長野県史 民俗編 第3巻(2)中信地方 仕事と行事』
長野県編 長野県史刊行会 1989【N209/11-3/3-2】
第7編 交通・交易 第2章 運搬に「そりの運搬と川の運搬」があり、p.271-281まで記載があり、
p.271-272にイッポンゾリについて、説明がある。
木材の搬出方法では、そりとキウマまたはキンマが最も一般的な道具であった。(--中略-)ま
た、普通のそりをニホンゾリと呼ぶ所もある。このような所ではニホンゾリのほかにイッポンゾ
リも使った。イッポンゾリは明治の末ころ新潟県から北安曇地方へ伝わってきて、同郡小谷村奉
納、大綱、千国、同郡白馬村峰方などでみられる。イッポンゾリは、長く頑丈なスキー板のよう
な一本のそりの上に、二か所V字形にテ(手)と呼ばれる棒を取り付け、このV字形の中に用材を
並べる。V字形は片方のテが長くなっていて、長い二本のテを両手で握り、斜面の山側からそりを
斜め下方に横滑りさせながら降ろして行く。
また、p.278-281に材木の搬出方法としての節があり,イッポンゾリについては、
〇イッポンゾリを使って山から用材を運び出した。(奉納、千国、峰方)
〇明治時代末ころ、越後からイッポンゾリが伝わってきた。(大網)
〇イッポンゾリのV字の中に材木を入れ、油を浸ませたまくら木の上を引いた。(小倉)
との記述があった。奉納、千国、大網は北安曇郡小谷村、峰方は北安曇郡白馬村、小倉は南安曇郡三郷村(現・安曇野市)になる。
・『大町市史 第5巻 民俗・観光』 大町市史編纂委員会編 大町市 1984 【N231/36/5-1】
p.383-384の「戸外の仕事」の項目に
(-前略-)山から材木を運び出す時には、馬の入れない斜面は人力用の二本ぞり、さらに急斜面
になると一本ぞりで運び出した。(-中略-)一本ぞりは、そり道具を作らなくてよいのが利点で、
しくみは同じでも形は作る人によって多少違っていたという
とある。一本ぞりの図があり、使い方も記されている。
- 回答プロセス
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1 利用者調査済み資料を確認する。『小谷村誌』の記述が一番詳しく、一本そりのイメージを確認することができた。
2 『長野県史 民俗編』で、県内4地域の使われている状況を確認する。
・『長野県史 民俗編 第4巻(2)北信地方 仕事と行事』
長野県編 長野県史刊行会 1985【N209/11-3/4-2】
第3編 交通・交易 第2章 運搬に「そりの運搬と川の運搬」があり、p.241-249まで記載がある。p.244-246に材木の搬出方法としての節がありそりの事例がいくつもありますが、ドソリ、ヤマソリ、キウマ、キンマ、シュラ、ザイモクソリなどの呼称が見られますが、イッポンゾリはありません。ただし、それぞれの呼称すべてに写真や図があるわけではないので、その土地の呼称のみの場合も多くなっています。
・『長野県史 民俗編 第1巻(2)東信地方 仕事と行事』
長野県編 長野県史刊行会 1986【N209/11-3/1-2】
第7編 交通・交易 第2章 運搬に「そりの運搬と川の運搬」があり、p.241-249まで記載があります。p.244-246に材木の搬出方法としての節があり,そりの事例がいくつもあります。ヤマソリ、ユキゾリ、キゾリ、キウマなどありますが、イッポンゾリはありません。
・『長野県史 民俗編 第2巻(2)南信地方 仕事と行事』
長野県編 長野県史刊行会 1988【N209/11-3/2-2】
第7編 交通・交易 第2章 運搬に「そりの運搬と川の運搬」があり、p.278-287まで記載があります。p.283-287に材木の搬出方法としての節があり,そりの事例がいくつもあります。ソリ、ユキゾリ、キゾリ、キウマなどありますが、イッポンゾリはありません。
3 記載があったのは、中信地方のみだったので、北安曇郡を中心とした市町村の史誌類を調査していく。
4 長野県図書館協会が提供する「長野県市町村誌目次情報データベース」で、「そり」を検索し、ヒットした町村誌を調査する。長野県は県域が広く市町村数も多いため、すべての市町村を悉皆的に調べることはできない。
5 郷土史を扱う雑誌も検索したが、「一本そり」「イッポンソリ」などからはヒットしない。「運搬」「民具」などのキーワードでは絞り込みができなかった。
<調査資料>
・『栂池誌』栂池誌編纂委員会編 川内・松沢耕地会 2003【N231/63】
p.141 一本ぞりを使って山から木材を下す写真あり。
・『八坂村誌 民俗編 民俗資料』 八坂村誌編纂委員会編 八坂村誌刊行会 1993 【N231/47/3】
・『白馬町百年誌』白馬町百年誌編集委員会編 白馬村白馬町区 1992 【N231/73】
・『三郷村誌II 第5巻 民俗編』 三郷村誌編纂委員会 三郷村誌刊行会 2004 【N232/23/2-5】
・『松川村誌 自然環境編・民俗編』 松川村誌編纂委員会編 松川村誌刊行会 1988【N231/40/2】
・『美麻村誌 民俗編』 美麻村誌編纂委員会編 美麻村誌刊行会 1999 【N231/54/1】
・『仁科町の歩み』 仁科町歴史調査委員会編 仁科町公民館 2000 【N231/71】
・『大町市史 第5巻 民俗・観光資料』 大町市史編纂委員会編 大町市 1984 【N231/36/5-2】
p.125-126の「運搬」の項目にソリの記述がわずかにみられるが、イッポンゾリはない。
・『飯山市誌 歴史編下』 飯山市誌編纂専門委員会編 飯山市 1995 【N211/48/2-2】
・『下諏訪町誌 民俗編』 下諏訪町誌民俗編編纂委員会編 下諏訪町 2000 【N241/36-1/2-2】
・『日義村誌 民俗編』 日義村誌編纂委員会編・刊 1998 【N234/105/2】
・『臼田町誌 第2巻 民俗編』 臼田町誌編纂委員会編 佐久市臼田町誌刊行会 2008 【N223/106/2】
・『木島平村誌 民俗編』 木島平村誌編纂委員会編 木島平村 1980 【N213/58】
・『信濃町誌』 信濃町誌編纂委員会編 信濃町 1968 【N212/89】
- 事前調査事項
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『小谷村誌 社会編』 小谷村誌編纂委員会編 小谷村誌刊行会 1993【N231/46/3】p.600
『北安曇誌 近代現代上』北安曇誌編纂委員会編・刊 1980 【N231/13/4】p.975
『ふるさと白馬 語り継ぐ歴史と民俗』 白馬村老人クラブ連合会編・刊 1981 【N231/30】
p.31に「一本橇を使っての薪出し 昭和40年ごろまで使われた」のキャプションとともに、雪中で
橇を使っての薪だしの写真が2葉あります。
- NDC
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- 風俗史.民俗誌.民族誌 (382 10版)
- 森林史.林業史.事情 (652 10版)
- 中部地方 (215 10版)
- 参考資料
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長野県/編集 , 長野県. 長野県史 民俗編 第5巻 総説1. 長野県史刊行会, 1991.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005948497-00 (【N209/11-3/5-1】) -
長野県/編 , 長野県 , 長野県. 長野県史 民俗編 第3巻(2)中信地方. 長野県史刊行会, 1989-00.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059270429-00 (【N209/11-3/3-2】) -
大町市史編纂委員会/編集 , 大町市. 大町市史 第5巻. 大町市, 1984.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I020199665-00 (【N231/36/5-1】)
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長野県/編集 , 長野県. 長野県史 民俗編 第5巻 総説1. 長野県史刊行会, 1991.
- キーワード
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- 一本そり
- イッポンゾリ
- 運搬
- 民具
- 風俗習慣
- 信州学
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土 言葉
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000312222