レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023/05/23
- 登録日時
- 2023/08/02 00:30
- 更新日時
- 2023/08/17 10:49
- 管理番号
- 秋田-2926
- 質問
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解決
真中小学校(現在の大館市立南小学校の前身の一つ)における以下の5点について、秋田公論など秋田魁新報以外の新聞に記載はあるか。
・大正2年9月23日 二部教授開始
・大正4年2月22日 県視学視察
・大正4年3月3日 女子師範校長視察
・大正4年3月31日 木村校長の前田小への異動に際しての村会の反対決議
・大正6年3月 木村文助の前田小校長退職
- 回答
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「秋田公論」および「北鹿新報」について、該当する時期の所蔵なし。参考までに以下の資料を案内。
①『前田村郷土史』(藤島勇太郎/監修、森吉町史編纂会、2004、214.2/モア/郷)資料番号:128965332
②『村の綴り方』(木村文助/著、厚生閣書店、1929、37-E242/142/)資料番号:110800968
③『真中郷土史』(真中郷土史調査研究会/編、真中郷土史調査研究会、2002、A214.2/134/)資料番号:128864576
- 回答プロセス
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1.「秋田公論」および「北鹿新報」について、該当する時期の所蔵なし。
2.過去の当館の調査より以下の資料が該当。
レファレンス協同データベースホームページ
「秋田県出身で生活綴方教育者の木村文助について 1.小番績著『木村文助の仕事と生涯』(秋田さきがけ、2001年)という資料はあるか。2.木村文助著『村の綴り方』に登場するM村は真中村か前田村のどちらか。」
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000314627(確認日付:2022.05.18)
①『前田村郷土史』(藤島勇太郎/監修、森吉町史編纂会、2004、214.2/モア/郷)資料番号:128965332
→P250「一九木村文助 眞中 大正六年三月三一 退職 大正六年三月三一」との記載あり。
また、P261-262 木村文助が校長時の主要出来事について記載あり。
②『村の綴り方』(木村文助/著、厚生閣書店、1929、37-E242/142/)資料番号:110800968
※国立国会図書館デジタルコレクションの送信サービスで閲覧可能。
→P138(88コマ)「夫から無手當で夜學を始め、奔走して十人計りを狩り集めた。(中略)四年後には八十人となり、靑年は一人残らず収容することが出来た。もうかうなると勧誘の要もなく何事も意の如く行はれる。師範校長や縣視学は二里の夜道を辿つて来観され、其結果此校にのみ補助金が下る事になつた。」との記載あり。
3.所蔵資料検索にて「真中村」をキーワードに検索。下記資料が該当。
③『真中郷土史』(真中郷土史調査研究会/編、真中郷土史調査研究会、2002、A214.2/134/)資料番号:128864576
→P79 職員名簿に木村文助の記載あり
記載のなかった資料は以下のとおり。
×『赤い鳥事典』(赤い鳥事典編委員会/編、柏書房、2018,R909/アア/)資料番号:124551185
×『秋田県教育雑誌 304号〜315号』(秋田県教育会/編、秋田県教育会、1917、A370.5/47/1917)資料番号:111459723
×『大館市史 第3巻』(大館市史編さん委員会/編、大館市、1983、214.2/オオ/3-1郷)資料番号:111326351
×『大館市史 第4巻』(大館市史編さん委員会/編集、大館市、1981、214.2/オオ/4郷)資料番号:124017575
- 事前調査事項
- NDC
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- 歴史 (2)
- 社会科学 (3)
- 参考資料
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- 前田村郷土史藤島勇太郎/監修森吉町史編纂会
- 村の綴り方木村文助/著厚生閣書店
- 真中郷土史真中郷土史調査研究会/編真中郷土史調査研究会
- キーワード
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- 木村文助(キムラブンスケ)
- 真中小学校(マナカショウガッコウ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000336833