レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020年09月04日
- 登録日時
- 2024/02/08 16:21
- 更新日時
- 2024/03/12 15:53
- 管理番号
- 新県図-01538
- 質問
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解決
戦時中に新潟高等女学校が被服工場として効率よく稼働していたという記述のある資料
- 回答
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当館所蔵資料を確認したところ、下記(1)~(8)の資料が見つかりました。
(1)『新潟市史』資料編7 近代3(新潟市史編さん近代史部会/編 新潟市 1994)
p484~485「二五九 市内女学校の工場化についての記事」の項では、昭和19年9月10日の新潟日報の記事を転載しています。記事の県立新潟高女に関する部分では、「廊下をも利用して流れ作業の効率をたかめてゐる」など、工場の配置や作業時間などについて書かれています。なお当館では該当の日付の新潟日報をマイクロフィルムで所蔵しています。元の記事では写真も掲載されています。
また『新潟市史』通史編4 近代(下)p407~409「勤労動員と学校工場」の項にも簡単な記述があります。
(2)『叡知の鏡』(新潟県立新潟中央高等学校/編 新潟中央高等学校創立100周年記念事業実行委員会 2000)
p92~95「学校工場」の項に、作業時間・役割分担などの記述や写真が掲載されています。また「上級生は12人で1班となり(中略)一つの班で1日平均50枚~60枚の襦袢や袴下を作った。」という記述もあります。
(3)『われらの八十年』(「われらの八十年」編集委員会/編 新潟県立新潟中央高等学校 1980)
「学校は陸軍の工場となる」(ページ付なし。2ページ分)の項に上記(2)の資料と同様の記述があります。
(4)『七十年史』(新潟県立新潟中央高等学校七十年史編集委員会/編 新潟県立新潟中央高等学校創立70周年記念事業実行委員会 1971)
p48~50「学校工場」の項に、上記(2)(3)の資料と同様の記述があります。
(5)『写真でみる六十年のあゆみ』(日本女子教育の一断面 新潟県立新潟中央高等学校60年史編集委員会/編 新潟県立新潟中央高等学校創立60周年記念事業実行委員会 1961)
p50~51「被服廠の工場」の項に、作業の様子についての記述があります。
(6)『青春の森』第1巻(毎日新聞新潟支局/編 毎日新聞新潟支局 1975)
p111~113「学校工場で軍服づくり」の項に、当時の学生の回想を交えて記述があります。
(7)『新潟県教育百年史』大正・昭和前期編(新潟県教育百年史編さん委員会/編 新潟県教育委員会 1973)
p1020「学校工場化の推進」の項に、新潟高女を含む女学校4項に学校工場が開設され軍衣縫製を行っていた事や、作業時間などの記述があります。また写真も掲載されています。
(8)『新潟県史』通史編8 近代3(新潟県/編 新潟県 1988)
p654に写真と簡単な記述があります。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 北陸地方 (214 10版)
- 参考資料
- キーワード
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- 新潟高等女学校
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000346131