レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2024年01月11日
- 登録日時
- 2024/01/24 09:27
- 更新日時
- 2024/03/25 09:50
- 管理番号
- 1497
- 質問
-
解決
宮崎県西諸県郡高原町の祓川神楽について知りたい。
- 回答
-
以下の資料に祓川神楽について記述が見つかりました。
『宮崎の神楽 祈りの原質・その伝承と継承』 山口保明/著 鉱脈社 2000
口絵 写真の掲載あり。「霧島・祓川神楽の「舞上げ」(高原町)」と記載あり。
p289-291 「八 霧島神楽」の項に、「(略)祓川神楽は霧島東神社社家に伝承されてきた神舞で、同社は旧称を
霧島東御在所両所権現といい、別当寺錫杖院をもつ霧島六所権現の一つでした。(略)」と記載あり。
p292-297 「1 祓川神楽(高原町蒲牟田)」の項に、「通常十二月第二土曜から日曜日にかけて、祓川集落の公
民館広場を御講屋と定め奉納されます。(略)」と記載あり。番付の表(三十三番構成)の掲載あり。
『高原町史』 高原町史編さん委員会/編 高原町 1984
p747-751 「五、祓川神楽 祓川神楽保存会編」の項に、「(一)祓川神楽大要 祓川神楽は、毎年一回旧暦一一月
一六日に霧島東神社の社家の年中行事として古くから行われている。(略)」と記載あり。
このあと「(二)由来考」「(三)神楽行事の事」「(四)神楽の項目」の記載あり。
※ この資料では、「祓」はしめすへんで表記されている。
『九州の民俗芸能 海と山と里と交流と展開の諸相』 永松敦/著 鉱脈社 2009
p109 「宮崎県の民俗芸能」の項に写真の掲載あり。
p135-138 「(8)霧島山麓の神舞」の項に、「祓川神舞 祓川の神舞は元来、民家の庭に舞処である御講屋を
作った。(略)」と記載あり。
『宮崎の神楽と特殊神事』 「宮崎の神楽と特殊神事」編纂委員会/編 宮崎県神社庁 2019
p5 写真の掲載あり。
p140-141 「高原町 霧島東神社」の項に、「この社に、およそ六百年前から伝わる祓川神楽は、「記・紀」に記さ
れる隼人舞や『続日本紀』に記される諸県舞が起源とされ、祓川地区の神道の家柄のみで伝承されてきた神楽
です。(略)」と記載あり。
『神楽のこころを舞つぐ 宮崎神楽への誘い』 前田博仁/著 鉱脈社 2022
p292-297 「一、高原の神舞」の項に、「高原町には霧島六所権現であった霧島東神社(別当寺錫杖院)と狭野神
社(別当寺神徳院)が鎮座、両社には霧島山岳修験の影響を受けた薩摩系神楽、祓川神舞と狭野神舞を伝える。
(略) (一)祓川神舞 祓川神舞は真剣を持つ演目に特徴がある。中でも小学低学年男児が大人の舞い手が両
脇から差し出す真剣の切っ先を素手で握って舞う「剱」や(略)」と記載あり。
『みやざきの神楽ガイド その歴史と特色』 みやざきの神楽魅力発信委員会/編 宮崎県教育庁文化財課 2017
p21 写真の掲載あり。「御神屋(祓川神楽)」と記載あり。
p21-22 「四、多様な神楽の魅力」の項に、「(略)高原町の祓川神舞では、御神屋は四方に縄を張って垣とし、宝
珠門、成就門、延命門、福徳門という四つの門が木の鳥居で設けられる。宝珠門の背後が祭壇で、ここに天照大神
などの神々が祭られ、祭壇の下が楽の人たちの座となる。御神屋の中央にはヤタンバン(八咫の盤)と呼ぶ天蓋が
吊られる。(略)」と記載あり。
p33 写真の掲載あり。「十二人剱(祓川神楽)」と記載あり。
p80 「祓川神楽(神舞)」の項に、「祓川神楽は霧島東神社社家に伝わり、社家だけが舞うことができる神楽で、
「神舞」「神事」という。舞処を「御講屋」といい、四方に「宝珠門」「福徳門」「延命門」「成就門」の鳥居を立て、中央
に「天照皇大神宮」の切り文字を付けた八咫之盤という天蓋を下げる。日南神楽でヤマに鳥居を立てるが四方に
立てる設えは県内神楽には他に見ない。(略)」と記載あり。
『みやざきの神楽 神々への感謝と祈り』 宮崎県総合博物館/編集 宮崎県総合博物館 2020
p9 「祓い清める」の項に、「(略)神幸する神は多くの場合、神面や神輿であらわされますが、「道行」とか「舞い入
れ」「舞い込み」などと呼ぶ隊列を組んでの神幸はさまざまな姿をもっています。祓川神楽の「塩ひ」は先頭に立っ
て打ち水を行うような所作をし、(略)」と記載あり。写真の掲載あり。
p26-27 「宮崎県内の神樂」の項に、「国指定重要無形民俗文化財の神楽保存団体(略)番号 56 指定の名称
高原の神舞 芸能の名称 祓川神楽 保存会名 祓川神楽保存会 市町村名 高原町 芸能が行われる場所
祓川神楽殿 芸能が行われる機会 十二月の第二(土)」と記載あり。
p34 「高原の神舞〈国指定重要無形民俗文化財〉」の項に、「(略)高原町では、神楽は鹿児島と同じように「神舞
(かんめ)」と呼ばれ、霧島六所権現であった霧島東神社(別当寺錫杖院)では「祓川神楽」、狭野神社(別当寺神徳
院)では「狭野神楽」が伝えられています。この二つの神楽をあわせて「高原の神舞」として、国の重要無形民俗文
化財に指定されています。(略)」と記載あり。
『みやざきのうたと芸能101』 宮崎県/企画・編集 宮崎県文化振興課 2000
p23-24 「祓川神楽 高原町 県指定無形民俗文化財(国選択文化財)」の項に、「●修験誇示した荒舞 霧島
の峰より奥の霧はれて 現れ出ずる其(襲)の峰の守(神) 祓川神楽の「一番舞」の歌だ。同神楽は神舞(かみま
い、または、かんめ)ともいう。(略)」と記載あり。
『みやざきの神楽 「むらまつり」に息づく200もの多様な神楽』
宮崎県神楽保存・継承委員会/編 宮崎県神楽保存・継承委員会 2018
p4 写真の掲載あり。「十二人剱・高原町祓川神楽」と記載あり。
p7 「みやざきの神楽分布」の項に、「◆霧島神舞 高原町」と記載あり。写真の掲載あり。「諸神観請・高原町祓
川神楽」と記載あり。
p8 「冬神楽・春神楽」の項に、「宮崎県では「夜神楽」とか「春神楽」といった表現をよく耳にしますが、これらは神
楽が行われる時間帯や季節による言い方です。(略)高原町祓川と狭野の「神舞」は12月に奉納されます。これらは
夜を徹しての神楽ですから、冬神楽・夜神楽ということになります。」と記載あり。
p23-24 「高原の神舞 国指定重要無形民俗文化財」の項に、「祓川神楽 舞処である「講庭」の四方に「法珠門」、
「福徳門」、「延命門」、「成就門」の鳥居が立ち、中央に「天照皇大神宮」の切り文字を付けた天蓋が下げられます。
これは他にはない設えで、舞手(社人)は霧島東神社氏子であることが条件となっています。(略)」と記載あり。
『宮崎県無形民俗文化財ガイドブック「みやざきの民俗芸能」』 宮崎県教育庁文化財課 宮崎県教育庁文化財課 2016
p6 「国指定 高原の神舞 指定年月日 平成二十二年三月十一日 高原町」の項に、「(略)高千穂峰の周囲
には、平安時代に整備された「霧島六社権現」という六つの寺社があったが、その中の狭野神社・霧島東神社が高
原町にあり、「狭野神楽」「祓川神楽」が伝承されている。その二つを総称して「高原の神舞」と言う。(略)」と記載あり。
『宮崎県史 資料編 民俗2』 宮崎県/編集 宮崎県 1992
口絵 写真の掲載あり。
p672-679 「五 霧島神楽」の項に、「元来霧島東麓に伝承されている「神事」で「神舞」という。しかし、近来「祓川
神楽」「狭野神楽」の呼称が定着している。(略)祓川神楽は霧島東神社社家に伝承されてきた神舞で、同社は旧称
を霧島東御在所両所権現といい、別当錫杖院をもつ霧島六所権現の一つであった。(略)」と記載あり。
『霧島山東御在所縁起 霧島東神社由緒略記』 楠本正/著 霧島東神社 2006
p86-91 「祓川神楽」の項に、「祓川では旧暦十一月十六日に神舞と呼ぶ神楽が催されている。この大要を霧島
東神社に伝わる「祓川神楽太要」の文脈に沿って述べると、まず十一月の初めに神楽宿(神楽を舞う家及びその
家の老婦を天照大御神に擬制するため)を定め、各戸から五穀を集め、黒米(玄米)にて酒(どぶろく、現在中止)
を醸し、前日(十五日)に全家族が神楽宿に集まり内祭を行う。(略)」と記載あり。
『宮崎県神社誌』 宮﨑県神社庁/編集 宮﨑県神社庁 1988
p333-334 「霧島東神社(旧県社)」の項に「特殊神事としては、昭和四十九年十二月、県の無形民俗文化財に指
定された、古代の諸県舞の流れをくむ「祓川神楽」が伝承されている。(略)」と記載あり。
『高原郷土史』 野村嘉久馬/編輯 高原郷土顕彰会 1935
p84-85 「第十三節 神事」の項に、「當鄕狭野神社、霧島東神社の氏子の年中行事の一として、古くより神事あ
り。是、岩戸神樂にちなめるものにして、狭野神社は舊暦九月十六日、霧島東神社は舊歴十一月十六日に行はる。
(略)神様がおくだりあらせらるゝや祭典後神靈を慰め奉る爲に、愈々神舞をはじむる。(略)」と記載あり。
『みやざきの神楽 記紀編さん1300年神話のふるさとみやざき温故知新ものがたり』
宮崎県神楽保存・継承実行委員会/編 宮崎県神楽保存・継承委員会 2020
p8 「高原の神舞(国指定重要無形民俗文化財/高原町)」の項に、「(略)高原町の霧島東神社と狭野神社に、そ
れぞれ祓川神楽と狭野神楽が伝承されています。この地域では神楽のことを神舞とよんでいます。(略)」と記載あり。
『祓川神楽(国重要無形民俗文化財)』
高原町HP https://www.town.takaharu.lg.jp/soshiki/14/1265.html(2024.1.11確認済)
「開催日」「開催場所」などについて記載あり。
- 回答プロセス
-
1 図書館システム
(1)「祓川神楽」でキーワード検索
『霧島山東御在所縁起 霧島東神社由緒略記』 楠本正/著 霧島東神社 2006
『みやざきのうたと芸能101』 宮崎県/企画・編集 宮崎県文化振興課 2000
『宮崎県史 資料編 民俗2』 宮崎県/編集 宮崎県 1992
(2)「高原 神楽」でキーワード検索
『神楽のこころを舞つぐ 宮崎神楽への誘い』 前田博仁/著 鉱脈社 2022
2 郷土史を調査
『高原町史』 高原町史編さん委員会/編 高原町 1984
『高原郷土史』 野村嘉久馬/編輯 高原郷土顕彰会 1935
3 ブラウジング
『宮崎の神楽 祈りの原質・その伝承と継承』 山口保明/著 鉱脈社 2000
『みやざきの神楽 「むらまつり」に息づく200もの多様な神楽』
宮崎県神楽保存・継承委員会/編 宮崎県神楽保存・継承委員会 2018
『みやざきの神楽 神々への感謝と祈り』 宮崎県総合博物館/編集 宮崎県総合博物館 2020
『みやざきの神楽 記紀編さん1300年神話のふるさとみやざき温故知新ものがたり』
宮崎県神楽保存・継承実行委員会/編 宮崎県神楽保存・継承委員会 2020
『みやざきの神楽ガイド その歴史と特色』 みやざきの神楽魅力発信委員会/編 宮崎県教育庁文化財課 2017
『宮崎県無形民俗文化財ガイドブック「みやざきの民俗芸能」』 宮崎県教育庁文化財課 宮崎県教育庁文化財課 2016
『宮崎県神社誌』 宮﨑県神社庁/編集 宮﨑県神社庁 1988
『宮崎の神楽と特殊神事』 「宮崎の神楽と特殊神事」編纂委員会/編 宮崎県神社庁 2019
『九州の民俗芸能 海と山と里と交流と展開の諸相』 永松敦/著 鉱脈社 2009
『宮崎県の民俗芸能 宮崎県民俗芸能緊急調査報告書』 宮崎県教育委員会/編 宮崎県教育委員会 1994
→ 記載なし
4 インターネット
「高原町 祓川神楽」で検索
『祓川神楽(国重要無形民俗文化財)』
高原町HP https://www.town.takaharu.lg.jp/soshiki/14/1265.html(2024.1.11確認済)
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
-
- 楠本正/著. 霧島山東御在所縁起 霧島東神社由緒略記. 霧島東神社, 2006
- みやざきのうたと芸能101. 宮崎県/企画・編集. 宮崎県文化振興課, 2000
- 宮崎県/編集. 宮崎県史 資料編 民俗2. 宮崎県, 1992
- 前田博仁/著. 神楽のこころを舞つぐ 宮崎神楽への誘い. 鉱脈社, 2022
- 高原町史編さん委員会/編. 高原町史. 高原町, 1984
- 野村嘉久馬/編輯. 高原郷土史. 高原郷土顕彰会, 1935
- 山口保明/著. 宮崎の神楽 祈りの原質・その伝承と継承. 鉱脈社, 2000.
- 宮崎県神楽保存・継承委員会/編. みやざきの神楽 「むらまつり」に息づく200もの多様な神楽. 宮崎県神楽保存・継承委員会, 2018.
- 宮崎県総合博物館/編集. みやざきの神楽 神々への感謝と祈り. 宮崎県総合博物館, 2020.
- 宮崎県神楽保存・継承実行委員会/編. みやざきの神楽 記紀編さん1300年神話のふるさとみやざき温故知新ものがたり. 宮崎県神楽保存・継承委員会, 2020.
- みやざきの神楽魅力発信委員会/編. みやざきの神楽ガイド その歴史と特色. 宮崎県教育庁文化財課, 2017.
- 宮崎県教育庁文化財課. 宮崎県無形民俗文化財ガイドブック「みやざきの民俗芸能」. 宮崎県教育庁文化財課, 2016.
- 宮﨑県神社庁/編集. 宮崎県神社誌. 宮﨑県神社庁, 1988
- 「宮崎の神楽と特殊神事」編纂委員会/編. 宮崎の神楽と特殊神事. 宮崎県神社庁, 2019
- 永松敦/著. 九州の民俗芸能 海と山と里と交流と展開の諸相. 鉱脈社, 2009
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000345350