レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020年10月08日
- 登録日時
- 2020/10/15 13:55
- 更新日時
- 2020/11/07 11:13
- 管理番号
- 1980
- 質問
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解決
水のかんきょう学習館の展示パネルに「かつて安城の中心地にはキツネしかいなかった」とあったが、駅を作るのに人の少ない場所をわざわざ選んだということなのか。安城駅を作るにあたり、数ある候補地から現在の場所が選ばれたのは周辺に集落があったのではないかと思っていたのだが、駅が作られる以前の一帯の様子がわかる資料を見て確認がしたい。
- 回答
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学習館のパネルには確かに「キツネしかいないといわれた安城が原に…」という表現がされていました。
①~⑧に安城駅の成り立ち(できるまでの経緯)と、当時や、もっと前の地図・絵地図を用意しました。
安城ヶ原が「原山」「原野」という表現をされる地域(集落から外れた地域)だったからこそ、安城に安城駅ができたことがわかります。
※「周辺に集落があったからではないか」というご意見より
⇒⑥『新編安城市史3 通史編 近代』からは、安城ヶ原の様子とさらに駅の開設にあたっての話、集落から外れたところに電車が走った理由もわかります。「安城駅の場合は、そうした町場的なものは皆無であった。駅の北側に農家が数件あっただけで、駅の南には何もなかったという。」(本文より)
安城ヶ原の様子、駅ができる前についてわかる一文 同上資料
⇒p2 1行目~
「『安城町誌』は、明治用水が完成する以前の安城の状況を次のように描写している
茅茨矮松の繁茂に任せ、狐狸徒に時を得顔なる荒蕪の原野にして、その間点在する村閭の緑僅かに耕地を存せしのみにして、水田にありては全面積の四分の一にも及ばざりき。
雑木と下草の生えた原野が広がり、その間に集落やあまり広くない田畑が存在するという荒涼した情景である。」
⇒p125 10行目~
「鉄道が通ると町が寂れる、あるいは蒸気機関車の火の粉で火事になるといった理由だった。三河の場合も、各地でそうした反対の動きがあった。そこで東海道線は、旧街道よりかなり南を通ることになり、その結果、安城が原の中心を通るようになった。」
- 回答プロセス
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水のかんきょう学習館の展示パネルに「かつて安城の中心地にはキツネしかいなかった」という一文を拝見され、駅が開設されるのは周辺に集落があり、雑木林などがすでに切り開かれていたからではと疑問を持たれた利用者様からのお問い合わせ。
〈参考資料〉
水のかんきょう学習館のパネルを資料にしたものが図書情報館にあります。
●『明治用水 街を作った水ツアー』(A614/メイ/A)007114663
【提供資料】
①『汽笛一聲・安城駅120年』(A069/アン/A)007085582
p3 3行目「…場所は岡崎と刈谷の中間地点で、当時は荒れ地から開墾されたばかりの耕作地がひろがる、いわば何もないようなところでした…」
p29 1行目「ほとんど人家のないような場所に開業した安城駅…」
②『安城ヶ原の歴史』(A234.5/アマ/A)001497197
p1~2 2行目の内容 「1 三万年段丘の碧海台地」 1項・乏水性台地 2項・氷河期にできたがけ
p63~64の内容
p64の図「1891年ごろの安城駅付近」…駅周辺にはまだ田んぼと畑が残り、木や草の生えているところもあり。
③『安城いまむかし 写真集』(A748/カミ/A)005421623
p6 3行目~「安城ヶ原というのは、安城村内の山野のことをいい、安城野とも呼ばれていた…」
④『安城歴史紀行』(A234.5/カミ/A)003072113
p2~『安城いまむかし』と同文あり
⑤『新編安城市史2 通史編 近代』(A234.5/アン/A)007005556
p328 4-5 天明7年の安城が原土地利用図(安城村の新田畑検地の実地の経過をまとめたもの)
⑥『新編安城市史3 通史編 近代』(A234.5/アン/A)007018096
p2 1行目~
「『安城町誌』は、明治用水が完成する以前の安城の状況を次のように描写している
茅茨矮松の繁茂に任せ、狐狸徒に時を得顔なる荒蕪の原野にして、その間点在する村閭の緑僅かに耕地を存せしのみにして、水田にありては全面積の四分の一にも及ばざりき。
雑木と下草の生えた原野が広がり、その間に集落やあまり広くない田畑が存在するという荒涼した情景である。」
p125 10行目~
「鉄道が通ると町が寂れる、あるいは蒸気機関車の火の粉で火事になるといった理由だった。三河の場合も、各地でそうした反対の動きがあった。そこで東海道線は、旧街道よりかなり南を通ることになり、その結果、安城が原の中心を通るようになった。」
p126 2-11 安城駅開設以前の箕輪村付近(明治24年)
⑦『村絵図Ⅲ -安城が原と碧海台地に展開した村々-』(A234.5/アン/A)007303100
p3~ 安城が原の姿
「安城ヶ原」という名称は江戸時代にはありません。江戸時代には「安城原」「現地」など「安城村の原」を示す部分と「安城松山」「原山」など、「山」といわれる松林の部分に分けられており…
※1 安城が原絵図〔参照〕元和8年(1622年)~寛永19年(1642年)に作成された絵図
⑧『1/5万 図歴地形図』(A29/5)003079795
明治32年9月30日発行の地図より…安城駅周辺がまだ荒地だったことがわかる
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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安城市歴史博物館 編 , 安城市歴史博物館. 汽笛一聲・安城駅120年 : 企画展. 安城市歴史博物館, 2011.(A069/アン/A)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011204078-00 -
天野暢保 著 , 天野, 暢保. 安城ケ原の歴史. 安城市農業協同組合, 1990.(A234.5/アマ/A)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002090022-00 -
神谷, 素光, 1926-. 安城いまむかし : 写真集. 名古屋郷土出版社, 1989.(A748/カミ/A)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001990700-00 , ISBN 4876700001 -
神谷素光 著 , 神谷, 素光, 1926-. 安城歴史紀行. [神谷素光], 1991.(A234.5/カミ/A)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002212215-00 -
安城市史編集委員会 編 , 安城市. 新編安城市史 2(通史編 近世). 安城市, 2007.(A234.5/アン/A)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009224822-00 -
安城市史編集委員会 編 , 安城市. 新編安城市史 3(通史編 近代). 安城市, 2008.(A234.5/アン/A)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000009363071-00 - 安城市歴史博物館 編集 , 村絵図3(安城が原と碧海台地に展開した村々). 2012.(A234.5/アン/A) (当館資料番号 007303100,当館請求記号 A234.5/アン/A)
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安城市歴史博物館 編 , 安城市歴史博物館. 汽笛一聲・安城駅120年 : 企画展. 安城市歴史博物館, 2011.(A069/アン/A)
- キーワード
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- 安城駅
- 駅ができる前の地図
- 駅ができる前の様子
- 郷土
- AA
- 水のかんきょう学習館
- 安城ヶ原
- 一般書
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000288295