レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2009/06/10
- 登録日時
- 2009/09/09 02:12
- 更新日時
- 2009/09/29 09:33
- 管理番号
- 埼久-2009-030
- 質問
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解決
日本人が家屋に入る時、靴を脱ぐ訳について知りたい。結界(という概念)と関連したもので、神聖な場所とそうでない場所を分ける意味での「ウチ」と「ソト」と同じで、「家のウチ」と「家のソト」を分けている事から来ているのではないか。
- 回答
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靴を脱ぐことが結界と関連する記述や、靴を脱ぐことについて記述がある資料を紹介する。引用は回答プロセスを参照のこと。
『インテリアと日本人』(内田繁 晶文社 2000)の「沓脱文化」。
『高取正男著作集 4 生活学のすすめ』(高取正男 法蔵館 1982)の「民家に残る日本人の信心」
と「生活の知恵」。
『対訳日本人のすまい』(平井聖 市ヶ谷出版社 1998)の「45 伝統的手法(1)-靴を脱ぐ・すわる-」。
『日本人の生活文化事典』(南博 勁草書房 1983)の「土間・玄関」。
『下駄 神のはきもの ものと人間の文化史』(秋田裕毅 法政大学出版局 2002)の「第6章 庶民化する下駄 中」の「生活様式の変化と下駄の普及」の項。
- 回答プロセス
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『インテリアと日本人』(内田繁 晶文社 2000)
p72「沓脱文化」に次のような結界を示す記述が多数あり。
「そもそも古来、日本人は大地をケガレと考え、家を神聖なる場と考えていた。聖なる場に入るためには大地のケガレ、外部のさまざまケガレをはらわなくてはならない。日本の住居によく見られる垣根、門、敷居、玄関、上がり框など、多くの装置はケガレの侵入を防ぐための境界、結界を意味している。そして、そのもっとも重要な装置が「沓脱石」であった。表面が平らな沓脱石は、聖なる場との境界を示す結界であり、沓脱の儀礼を表す石なのである。」など。
『高取正男著作集 4 生活学のすすめ』(高取正男 法蔵館 1982)
「民家に残る日本人の信心」p45に以下の記述があり。
「現在でも、農家の土間は通りニワとよばれるような、土足で歩いてもよい屋内の通路としての機能をもつだけではない。そこは雨天や夜間の作業場であり、道具置場である。積雪地帯ではとくに土間が大きくつくられて、ながい冬ごもり中の仕事場とされた。そのようなところでは、他家を訪ねるとき土足で土間に踏みこむようなことをせず、戸口で履物をぬいできれいな草履にかえるか、はだしで土間に敷かれているムシロのうえを歩く作法を伝えている村があった。おそらくそれは、土間にしかない家に住んでいた時代の作法を、忠実に継承していたものと思われる。きれいな座敷だから土足であがらないのではない。たとえ土間一間の原始的な竪穴式住居でも、人の住む家である以上は穢れをつつしむという気持は、古い時代ほど強かったにちがいない。でなければ、床のある家に住むようになったのちも、ことあるときは土間に下りて忌み慎み、ひたすら斎居する習俗がこれほど久しく伝承されていた事実を、説明できないのではなかろうか。それは、われわれの住居についての原感覚というべきものだろう。」
「生活の知恵」p199から「皮グツ」の項に以下の記述があり。
「日本では大陸諸国のように牧畜が発達しなかったので、牛や馬の皮は貴重品であり、庶民たちがそれではき物をつくることは考えもおよばなかった。それに夏の暑い季節は湿気が多く、クツのようなはき物は不衛生である。また、年間を通じて雨や雪が多く、道のぬかるみがはげしいこともあって、住居の構造が入口ではき物を脱ぎ、戸外の泥を家のなかにもちこまないようになっているので、この点でもクツはゲタやゾウリの便利さにおよばない。(後略)」
『対訳日本人のすまい』(平井聖 市ヶ谷出版社 1998)
p98「45 伝統的手法(1)-靴を脱ぐ・すわる-」に以下の記述があり。
「日本人は、いつから、また、なぜ家の中で履物を脱ぐのであろうか。この習慣は、おそらく弥生時代から続いていると考えられる。日本は道路がきたないので、土足だと家の中がよごれるからと考える人がある。しかし、家の中を靴ばきのまま歩いているヨーロッパの人たちも、雨が降ればぬかり、照ればほこりの舞う中世から、家の中を靴ばきで歩いていた習慣を続けているのにすぎない。外敵から襲われる心配がほとんどない日本では、すぐ逃げ出す必要がなく、履物を脱いでゆっくりと家の中でくつろぐことができたのであろう。床の上に直接座る習慣もあって、家の中を清潔に保とうとするところから、この習慣が定着してきたと考えられる。床に座る生活様式が、家の中で履物を脱ぐ生活習慣を生んだと考える人もいる。中国大陸における漢代の人々の生活をみると、土壇の上に建てた家の中で土壇に座っている。もちろん直接ではなく、敷物を敷きその上に座っているが、特に板敷の床があるわけではないし、家の中は土足のまま歩き、その床に敷物を敷いて直接腰をおろす。したがって座式の生活も、家の中で履物を脱ぐ生活の直接の原因ではない。原因は明らかにできないが、日本人は1000年以上、この生活様式を保ち続けている。」
『日本人の生活文化事典』(南博 勁草書房 1983)
p154「土間・玄関」の項に以下の記述があり。
「土間は床部分の部屋と戸外、また家の内と外との境界的領域をなしている。外で働いてよごれた体のまま土間に入り、そこでよごれを落とし足を洗って部屋に入る。店の場合は客が土間までは自由に入ることができる。また来客があった場合、饗応が予定されていたり、特別の客でない限りは、土間が応接の場になるのがふつうである。西洋では外部から入って靴のまま部屋に上がる習慣があるが、日本では雨が多く足がよごれるし、部屋は畳敷きになっているので、こうした境界領域が必要だったし、それが家の内と外を使い分ける接客の領域にもなったのだろう。」
『下駄 神のはきもの ものと人間の文化史』(秋田裕毅 法政大学出版局 2002)
靴を脱ぐ訳が明記されてはいないが、関連する次のような記述があり。
p230「第6章 庶民化する下駄 中」の「生活様式の変化と下駄の普及」の項に「…ドマだけの家ならば、はきものをはかないで、裸足だけで生活することができるが、ドマよりも一段高く造られた清潔感のつよい板間や畳の間を、ドマや野外を歩いて汚れた裸足でそのまま上がれば、板や畳が汚れるだけでなく、大切な商品や衣服も汚れることになる。とりわけ、雨天や雨後などは、その汚れが一層はなはだしく、目も当てられない状況になることは想像に余りある。こうした事態を避けるためにとられた方法、それは、一部の富裕層で、雨天・雨後のはきものとして用いられてきた下駄を使用することであった。」
以下は、その他の調査済み資料。該当の記述は見あたらなかったもの。
図書
『靴の科学 からだに良い靴を考える』(石塚忠雄 講談社 1991)
『靴をまちがえると病気になる』(石塚忠雄 主婦の友社 1983)
『新・健康にいい靴選び』(日本靴総合研究会 チクマ秀版社 1992)
『新しい靴と足の医学』(石塚忠雄 金原出版 1992)
『できる男の靴(シューズ)学』(出光興産「鞄の中身」プロジェクト ごま書房 1989)
『シュー・フィッターが書いた靴の本』(加藤一雄 三水社 1986)
『正しい靴の選び方』(古藤高良 同文書院 1996)
『靴(くつ) 足元へのアドバイス』(菅野英二郎 北隆館 1975)
『靴 科学と実際』(日本はきもの研究会 1987)
『東京の美学』(岩波書店 1994)
『作法と建築空間』(日本建築学会 彰国社 1990)
『さがしてみよう日本のかたち 5 民家』(山と渓谷社 2003)
『日本の〈地霊(ゲニウス・ロキ)〉』(鈴木博之 講談社 1999)
『間・日本建築の意匠』(神代雄一郎 鹿島出版会 1999)
『建築における「日本的なもの」』(磯崎新 新潮社 2003)
『図説日本建築のみかた』(宮元健次 学芸出版社 2001)
『民家 伝統的意匠』(名古屋市教育委員会 1990)
『家屋(いえ)と日本文化』(ジャック・プズー=マサビュオー 平凡社 1996)
『結界の構造』(垂水稔 名著出版 1990)
『はきもの ものと人間の文化史』(潮田鉄雄 法政大学出版局 1973)
『日本住居史』(小沢朝江 吉川弘文館 2006)
『住まいと民俗』(多田井幸視 岩田書院 2002)
雑誌
『AERA 12(22)』「靴を脱ぐすばらしさ 日本的美風が見直される理由があった」
- 事前調査事項
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調査済み資料:「靴脱ぎ(日本人とすまい1)」(リビングセンター)「暮らしの「しきたり」がわかる本」(三笠書房)
- NDC
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- 衣食住の習俗 (383 9版)
- 参考資料
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- 『インテリアと日本人』(内田繁 晶文社 2000)
- 『高取正男著作集 4 生活学のすすめ』(高取正男 法蔵館 1982)
- 『対訳日本人のすまい』(平井聖 市ヶ谷出版社 1998)
- 『日本人の生活文化事典』(南博 勁草書房 1983)
- 『下駄 神のはきもの ものと人間の文化史』(秋田裕毅 法政大学出版局 2002)
- キーワード
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- 靴
- 民俗-日本
- 建築-日本
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 図書館
- 登録番号
- 1000057764