レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2005年03月
- 登録日時
- 2005/12/08 13:34
- 更新日時
- 2005/12/13 16:55
- 管理番号
- 県立長野-05-001
- 質問
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解決
佐々木禎子(さだこ)(広島の「原爆の子」の像のモデル)さんの被爆時の日記を見たい
- 回答
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『飛べ!千羽づる-ヒロシマの少女 佐々木禎子さんの記録-』(手島悠介著 講談社 2000)[916/テ]のあとがきによると、佐々木禎子さんは昭和18年1月7日生まれで、被爆時(昭和20年8月6日)は2歳。そのため、当時の状況を記録した自身の日記のようなものはないと思われる。また、発病した昭和30年2月以降の日記のようなものも、『同書』(前掲)の参考文献に見当たらない。被爆時の様子については、『同書』(前掲)102~109pに禎子さんの母・ふじ子さんの話として記載されている。なお、禎子さんの追悼文集である『こけし-星のひとつに-』(熊谷文雄編 広島市立幟町中学校こけしの会 1956)は、広島県立図書館に所蔵されている。
- 回答プロセス
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① [NDC 281 日本の伝記]の書架で、「佐々木禎子」さんについて確認する。『日本女性人名辞典』(芳賀登ほか監修 日本図書センター 1993)[281.03/ニホ]485~486pに記述があり、被爆時2歳だったことがわかる。
②自館システムで、典拠から「ササキサダコ」を検索。『飛べ!千羽づる』(前掲)をみつける。また、書名のキーワードで「原爆の子」を検索。『折り鶴の少女-原爆症とたたかった佐々木禎子さんと<原爆の子の像>の話』(たいらまさお著 偕成社 1988)[91/タ]などがあり、それぞれ内容を確認するが、参考文献の中に禎子さん自身の著作や記録は見当たらない。
③ 『飛べ!千羽づる』(前掲)、『折り鶴の少女』(前掲)の参考文献にあった資料の内、所蔵するものを確認していく。『日本の原爆記録 7』(家永三郎ほか編 日本図書センター 1991)[916/ニ/7]に所収されている『千羽鶴』(豊田清史著)を発見。103~126pに、『こけし-星のひとつに-』(前掲)の構成について“第一部に禎子の生前の作文、亡き子を追想する両親や兄弟の思い出、第二部に級友たちの思い出、第三部に全国の友達からきた手紙、第四部に一般の人の作品”と紹介しており、いくつかの文章が掲載されている。『はばたけ千羽鶴』(豊田清史著 筑摩書房 1982 ちくま少年図書館65)[369.3/17]219~220pには、原爆資料館に収められている禎子さん自筆の病床記録、禎子さんが折った折鶴についての、写真と説明書が収録されている。
- 事前調査事項
- NDC
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- 記録.手記.ルポルタージュ (916)
- 参考資料
- キーワード
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- 佐々木禎子
- 日記
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 『なんでもきいてみよう』(県立長野図書館 平成17 第37集)収録レファレンス
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 一般
- 質問者区分
- 小中学生
- 登録番号
- 1000025522