松永寛和の博士論文「
ライトノベルにおける「作家」の存在―複合メディアにおける創造性」(2016)【最終アクセス2018/7/17】が参考になるのではないかと思われます(特にpp.6-14)。記述を簡単にまとめると以下のようになります。
表紙にアニメ、マンガ風のイラストがついていると、読者は自然とアニメのような絵柄で物語を思い浮かべる、これこそがライトノベルと一般のエンタメを分ける違いだったが、初期の作家はこのことを自覚していたわけではなく、彼ら書き手や編集者は面白い小説を追及しているだけであった。そうして生まれた本にアニメ、マンガ風の絵柄がつけられ、読者側から何か他とは違うと受け入れられていった。つまり当初は、本にどのような外観が付与されるかが、大きな役割を果たしていたようです。
出版社がアニメ風のイラストのついた小説を売れるジャンルとして考え始めるようになるのは、1986年8月に22作同時刊行された「書下ろしオリジナル・ファンタジーフェア」において、イラスト重視の販売戦略がとられ、これに角川が手応えを感じたことや、『スレイヤーズ!』や『ロードス島戦記』の大ヒットがきっかけとなっている。ファンタジーフェアを基にスニーカー文庫(当初は角川文庫青帯)が誕生、1986年には富士見ファンタジア文庫が創刊され、いずれのレーベルもイラストやゲームといった視覚的な要素と小説との新しい融合に注目しており、これは現在のライトノベルに繋がる流れを明確に示しているようです。
松永の論考からすると、角川が意識的にイラストを使用した販売戦略をとるのは、1986年のファンタジーフェア以後のことだと考えられます。