レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017/8/16
- 登録日時
- 2017/11/27 00:30
- 更新日時
- 2024/03/29 00:32
- 提供館
- 金沢市図書館 (2310230)
- 管理番号
- 玉川-000556
- 質問
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解決
【鐙の歴史について】 鐙(あぶみ)の歴史について書かれた本はないか。
- 回答
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○鐙の定義 『日本国語大辞典 第1巻』(第2版)(112250161)p.491「鐙」の項に、「わが国には古墳時代に輪鐙が伝来したあと、5世紀以後には壺鐙が使われるようになる。これは落馬に際して足が鐙に引っ掛かるのを防ぐために爪先部に覆いを付けたものだが、戦闘的というよりは装飾的な性格が強い。奈良平安時代になると、踏みやすいように短い舌を付けたわが国独特の半舌鐙が作られ、平安末期には踵まで乗せることができる舌長鐙が生み出されて、以後江戸時代まで長く使われるに至る。明治以降は輪鐙の一種の洋鐙が用いられている。」との記載あり。
○加賀象嵌・彫金について書かれた本
『加賀の工芸』(118409922)p.134-139に、加賀象嵌についての記載あり。p.119-124に金工、彫金について記載あり。
『金沢の伝統文化』(119565028)p.77、p.100に、加賀の象嵌鐙について記載あり。p.97に、彫金について記載あり。
『稿本金澤市史 工藝編第1』(119562788)p.156に、彫金について記載あり。
『金沢市史 資料編16 美術工芸』(119725865)p.142に、江戸時代の加賀の彫金、鐙について記載あり。
『金澤工業沿革誌料』(119439363)p.60-93に、鏤工、白銀職、象嵌師の記載あり。
○馬具について書かれている本 『日本馬具大鑑 4 近世』(119487398)p.13に、「鐙は馬の鞍の付属馬具で、鞍の様式により鐙の構造が異なる。古代において朝儀の晴の飾り鞍の唐鞍では、輪鐙を用い、時には金銅装の輪鐙とした。なお踏込の沓敷に平安時代の末から短い舌をつけた。また奈良時代から踏込の沓先が深く入らぬように輪の前方に覆いをつけた壺鐙を用いるようになった。朝儀に際しての衛府官の移鞍には、壺鐙を引継ぐが、短い舌をつけ半舌鐙を使った。一方、公家や武家の晴の馬具とする大和鞍には舌長の透しを入れた一枚鉄の武蔵鐙を用いた。後世一般乗用の鐙は、この様式の継承で、鉄鐙と木鐙とがある。木鐙をつけるのを普通として室町時代以降、広く用いられた。」と記載あり。あとがきp.95に、「近世に入ると軍陣用というよりも一般乗用の馬具へと変わっていった。鐙には様々な装飾技法が加えられ特に蒔絵が主流となった。また象嵌を施したものも多くなり、加賀象嵌などが好まれた。」と記載あり。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 芸術 (7 8版)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000225471