レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2018年07月11日
- 登録日時
- 2018/07/20 18:04
- 更新日時
- 2019/09/12 18:15
- 管理番号
- 島根郷2018-07-002
- 質問
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解決
松江藩7代藩主・松平治郷の茶会の記録に名前がある「根土良栄」とはどのような人物か。
- 回答
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当館所蔵資料より、下記の資料を紹介し回答。
資料1:p61-67「不昧流の系譜」の中に名前あり。p66「根土宗静(ねづち・そうせい)。広瀬藩の茶道方。不昧の書簡によると、江戸留守中の茶事稽古は広瀬方で月2回行われており、広瀬藩主とともに根土も学んでいた。不昧は宗静に庵号「孤輪庵」、号を「江山」、茶名を「宗静」と名付けさせ、一畳半極秘を伝授したとする。嗣子の宗藤(玄風庵)も茶湯に優れていた。
これにより、根土氏は広瀬藩の人物とわかる。
資料2:p601-602「不昧流」の中に記述あり。p601「根土良栄」の項目あり。広瀬藩主・直義の茶道(茶道師範・茶堂・お茶坊主)が根土良栄である。了栄とも称し、玄風庵宗藤とも号した。父は孤輪庵宗静と号し、不昧の家臣で信頼された茶の門弟であった。宗藤は父に茶の指南を受けるとともに、不昧にも重用され、その後嗣・斉恒(8代藩主)にも仕えた。宗藤の高弟には、片山主膳(家老)、日下部一楽(中老)、周藤宗円など広瀬藩家臣らがいたとする。
これにより、根土宗静の嗣子・宗藤が「根土良栄」であることがわかった。
資料3:p91-95「不昧公とその周辺人物略歴」に名前あり。p94に「根土宗藤」の項目あり。生没年不詳。広瀬藩茶道頭根土宗静の嗣子。初め宗静から御家流(不昧流)の茶の湯を学ぶ。のちに父と共に不昧の側近に侍す。不昧はその非凡な才能を認め、宗藤に玄風庵の号を与え、父・宗静没後は直伝を宗藤に継承させたとする。
資料4:中巻p156-181「第八章 茶友録」。不昧は茶会記を残さなかったが、寛政9年から文化14年までの茶会の出席者が書き記した記録が残っている。その記録に出てきた名前が回数とともに記載されている。「根土宗静」は32回、「根土良榮(了榮)」は15回とあり、両者は記載されている名前の中では回数が多い。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 茶道 (791 8版)
- 中国地方 (217 8版)
- 参考資料
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【資料1】松平不昧と茶の湯. 不昧流大円会事務局, 2002.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069425308-00 (当館請求記号 郷貸出791.2/フ01) -
【資料2】安来市誌編さん委員会 編 , 安来市誌編さん委員会. 安来市誌 下. 安来市, 1999.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069506489-00 (当館請求記号 郷貸出291.71/ヤ/2) -
【資料3】出雲市立出雲文化伝承館 , 出雲市立出雲文化伝承館. 生誕二百五十年 不昧公とその周辺. 出雲市立出雲文化伝承館, 2001.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069371550-00 (当館請求記号 郷貸出791.5/イ01) -
【資料4】松平家編輯部 編纂 , 松平家. 松平不昧傳 増補復刊. 原書房, 1999.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002839735-00 , ISBN 4562032529 (当館請求記号 郷貸出289.1/マ99)
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【資料1】松平不昧と茶の湯. 不昧流大円会事務局, 2002.
- キーワード
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- 根土宗静
- 根土宗藤
- 松平治郷 松平不昧
- 松江藩
- 広瀬藩
- 茶道 茶人
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000238765