レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2014年09月10日
- 登録日時
- 2015/10/28 16:16
- 更新日時
- 2015/10/28 16:16
- 管理番号
- tr378
- 質問
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解決
「戊辰役戦死記」(宇都宮市の報恩寺にある石碑)が縣六石(あがたりくせき)(県信緝(あがたのぶつぐ))による文章であるか知りたい。
- 回答
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報恩寺にある「戊辰役戦死記」の撰文者に関する記述が確認できた資料をご紹介します。
・『宇都宮市の輯録いしぶみ』(瀧澤龍雄/著、発行 2012)
p.42-43に「戊辰役戦死記」について記されています。
石碑文が活字化されており、その中に「宇都宮藩臣縣信緝謹撰」とあります。
また、脚注に「撰文;縣六石」とあります。
・『勤皇烈士 縣六石の研究』(小林友雄/著 興亜書院 1943)
p.289-291「戊辰役戦死記」が掲載されています。
「戊辰役戦死記」の直前には、「今日宇都宮市西原町なる報恩寺「戦士烈士之墓」の側に建つてゐる六石の撰した記念碑の文を示して参考とする。」とあります(p.289)。
・『宇都宮のいしぶみ』(宇都宮市教育委員会事務局社会教育課/編 宇都宮市教育委員会 1981)
p.33「戊辰役戦死記碑」の撰文者に「県六石」とあります。
解説に「慶応4年(明治元年)の宇都宮城をめぐる官軍と幕府軍の攻防戦の様子を記した碑である。」とあります。
p.38「あとがき」に「碑文につきましては、下記の文献から転載したものと、石碑から直接書写したものがあり(略)」と記されており、参考文献の1つに『勤皇烈士 縣六石の研究』(再掲)が挙げられています。
・『戊辰戦争 慶應四年下野の戦場』 (栃木県立博物館/編、発行 2012)
栃木県立博物館第102回企画展の図録です。
p.45に「県内の官修墓」についてのコラムがあり、「境内には縣六石の撰による「戊辰役戦士記碑」や薩摩・長州・大垣藩の戦死者を祀る「戦士烈士之墓」がある。」と記されています。
・『うつのみやの歴史再発見』(塙静夫/著 随想舎 1994)
p.62-64に「山門の美しい報恩寺―戊辰戦争戦死者の墓―」があります。
戊辰役戦死記碑について、「撰文者は縣信緝(六石)」と記されています(p.63)。
・『宇都宮藩を中心とする戊辰戦史』(小林友雄/著 宇都宮観光協会 1970)
p.355に「県六石撰の「戊辰役戦死記碑」なる記念碑」と記されています。
また、p.356に「戊辰戦役の碑」と題の付された写真が掲載されています。
その下に「宇都宮藩臣県信緝謹撰・備前処士山大○[さんずいに解]敬書並篆額 信緝は六石、山大○[さんずいに解]は四世浜村蔵六である。」と記されています。
・『宇都宮史跡めぐり』(徳田浩淳/述 文化新報社 発行年不明)
p.20に戊辰役戦死記の碑文について「宇都宮藩臣、県信緝(六石)の撰文、備前処士、山大○[さんずいに解]の篆額で慶応四年六月に建立された。」との記述があります。
※文字化けのおそれがある字(澥)を○に置き換えています。
以下の資料には、お求めの石碑に関する記述は確認できませんでした。
・『維新黎明慶應四年 写真で探訪戊辰戦争史跡』(阿部俊夫/著、発行 2009)
p.196-203に報恩寺にある墓等がまとめられていますが、お求めの石碑についての記述はありませんでした。
・『下野勤皇列伝 後編』(栃木県教育会/編、発行 1944)
p.82-105に「県信緝」の項があります。
・『宇都宮市六十周年誌』(宇都宮市役所総務部庶務課/編 宇都宮市役所 1960)
p.1206-1208に「県信緝」の項があります。
・『宇都宮藩幕末勤皇志士略傳』(小林友雄/著 宇都宮市国民学校長会 1943)
p.8-12に「縣六石」の項があります。
・『下野勤皇史に輝く幕末志士略伝』(小林友雄/著 宇都宮地区文化協会 1942)
p.4-5に「縣六石」についての記述があります。
・『郷土の誇り』(国民精神総動員栃木県本部/編 1940)
p.21に「縣六石」についての記述があります。
・『郷土歴史人物事典栃木』(尾島利雄/編著,柏村祐司/編著 第一法規出版 1977)
p.59に「縣六石」についての項があります。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 関東地方 (213)
- 参考資料
- キーワード
-
- 縣六石
- 県六石
- 県信緝
- 戊辰役戦死記
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000183007