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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000188699
提供館
(Library)
京都市図書館 (2210023)管理番号
(Control number)
右中-郷土-88
事例作成日
(Creation date)
2016年2月29日登録日時
(Registration date)
2016年02月29日 15時28分更新日時
(Last update)
2016年03月18日 18時06分
質問
(Question)
神泉苑(しんせんえん)と快我上人(かいがしょうにん)との関わりについて知りたい。
回答
(Answer)
神泉苑は,二条城(京都市中京区)の南に位置する真言宗東寺派の寺院です。

延暦13年(794)平安京造営の際,大内裏の南に天皇御遊(てんのうぎょゆう)のための庭園として設けられました。
もともとこの一帯は湿地帯で,湖沼の一部を利用して禁苑とされたのが神泉苑です。造苑当初,北は二条より南は三条まで,東は大宮より西は壬生大路に面した約南北400メートル,東西200メートルにわたる広大な敷地でした。歴代天皇が遊宴を楽しみ,池泉を神聖化する思想もうまれ,天変地異や悪疫の流行を鎮める御霊会がこの池で行われました。

しかし,この池泉も鎌倉時代以降荒廃がすすみ,さらに慶長7年(1602)徳川家康が二条城を築いた際に規模が縮小されました。家康は神泉苑の豊富な水量に着目し,神泉苑の広大な敷地の北部を壊して,この水を城の苑池として利用しました。この荒廃しきった神泉苑を再興したのが,快我上人[快雅(かいが),覚雅(かくが)ともいわれる]です。縮小荒廃を惜しみ,復興をはかるため朝廷に許しを得て,慶長12年(1607)より元和年間(1615~1624)にわたって池や畦,堂塔を整え,上人と縁のあった東寺の管理する寺院となりました。

現在は周囲に民家が建ち,わずかな池泉を残すのみとなったものの,池の西北には快我上人をはじめ,再興に協力した京都所司代板倉勝重(いたくらかつしげ),片桐且元(かたぎりかつもと)を供養する五輪石塔が三基あります。
回答プロセス
(Answering process)
●「神泉苑」をキーワードに当館所蔵資料を検索する・・・【資料1~2】
 【資料1】“本堂:本尊は聖観世音菩薩,脇仏は不動明王,弘法大師と本苑中興の僧快我上人をお祀りしてあります”

●【資料2】の参考文献より・・・【資料3】
 【資料3】p59 五輪石塔について,“三基とも花崗岩を以て作るを以て既に風化の部分を見る。是れ中興快我上人,板倉伊賀守勝重,片桐市正且元の塔なりと言ふ”と記述がある。

●京都の地名に関する資料より・・・【資料4~6】
 【資料4】“筑紫の僧快雅が慶長十二年に再興して寺とし,従前からの縁由で東寺宝菩提院に属して護国寺と号することとなり,寺領四〇石を得た”
 【資料5】“方一町にわたる苑内には,今なお中央に池(放生池)があり,池中の島には善女竜王を祀り,池畦の本堂には本尊観音像を安置する”

●Google Books( http://books.google.co.jp/ ) で「神泉苑」「快我」「覚雅」などをキーワードに検索する・・・【資料7~8】
 【資料8】“荒廃しきった神泉苑を,元和年間(1615~1624)に僧覚雅が朝廷より請い受け,精舎を建立し東寺の所管とした”

●人名事典から快我上人について調べるが,記述がみつからない。

●「快我」「快雅」「覚雅」をキーワードに当館所蔵資料を確認する・・・【資料9~10】
 【資料9】“元和中僧覚雅筑紫の人幕府に請ふて池中に小祠を建て,其旧跡を存し,旧来東寺に因縁あるを以て真言の精舎となし,以て今に至れり”
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
寺院.僧職  (185 9版)
日本史  (210 9版)
日本  (291 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『神泉苑 平安京最古の史蹟』 (東寺真言宗神泉苑/[編] [出版年不明]) p7~8
【資料2】『京都発見 7』 (梅原 猛/著 新潮社 2004) p43 “六,空海の雨乞いと神泉苑”
【資料3】『京都史蹟の研究』 (西田 直二郎/著 吉川弘文館 1961) p45~46 “二條城造營と其の領域”,p59 “現状其の二,池”
【資料4】『日本歴史地名大系 27 京都市の地名』 (平凡社 2001) p813 “神泉苑”中段
【資料5】『昭和京都名所図会 4 洛西』 (竹村 俊則/著 駸々堂出版 1983) p302 “神泉苑”
【資料6】『郷土資料事典 ふるさとの文化遺産 26 京都府』 (ゼンリン 1997) p46 “神泉苑”
【資料7】『京都千年 3 庭と茶室』 (講談社 1984) p43~44 “神泉苑”
【資料8】『路 千本と朱雀大路』 (明永 恭典/編 星光社 1972) p136 “神泉苑(現存する平安京遺跡)”
【資料9】『新撰京都叢書 第3巻』 (新撰京都叢書刊行会/編著 臨川書店 1987) p334 “神泉苑”
【資料10】『新撰京都名所図会 巻4』 (竹村 俊則/著 白川書院 1965) p81~82 “神泉苑”
キーワード
(Keywords)
神泉苑
快我上人(かいがしょうにん)
快雅(かいが)
覚雅(かくが)
二条城
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000188699解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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