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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000187616
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2015-164
事例作成日
(Creation date)
2015年01月29日登録日時
(Registration date)
2016年01月28日 10時10分更新日時
(Last update)
2016年05月10日 18時15分
質問
(Question)
荻野吟子とその夫の稲村貫一郎の、それぞれの家系と関係が知りたい。
回答
(Answer)
稲村家と荻野家の家系について以下の資料に記述があり、これを紹介した。

『荻野吟子 実録・日本の女医第一号』(奈良原春作著 国書刊行会 1984)
 p52「稲村貫一郎の実像」文中p54-55に稲村貫一郎の3回の結婚に関する記述あり。
 「明治6年、埼玉郡酒巻村(現、行田市)の、中村勝右衛門の長女、美智と再婚(略)美智が33歳という若さで没し(略)長井村大字江波(現、妻沼町)の名門、内田善衛の娘フサを後添えに迎えた。(略)この、フサとの結婚式に、当時すでに女医になり、荻野吟子と称していたぎんが、貫一郎の妹分として参列した。(ぎんの長姉「その」の孫、「雄助」の調査資料による。)」
 p53「稲村貫一郎は、嘉永三年(1850)5月5日埼玉郡上川上村名主、稲村弥五右衛門・ツネ夫妻の長男として生れた。」とあり。ツネの出自について記述なし。
 p59 松本荻江と「義姉妹の約を結んだ」とあり。
 p62 「協議離婚成立」に、「離婚の上、ぎんを貫一郎の妹分として遇する」と話し合った旨記述あり。
 p99 荻野家の系譜あり。(吟子父綾三郎から六代「正美」まで)
『荻野吟子』(荻野吟子女史顕彰碑建設期成会編 瀬棚町 1971)
 p105「その後も親戚づきあいすることになり稲村貫一郎の再婚の式には吟子は妹分として参列した。貫一郎の再婚の女性は吟子の姉友子の知人の「フサ」さんという方である。」
『荻野吟子抄 日本の女医第一号 栄光と波乱の生涯』(奈良原春作著 妻沼町 1985)
 p27「病気・離婚の真相」の項に「寛一郎が長井村江波(現妻沼町)の名門、内田善衛の娘フサと再婚の際、吟子は寛一郎の妹として参列した。」とあり。
『熊谷市史研究 第2号』(熊谷市教育委員会 2010.3)
 p123「大嶋家の関連では、栄左衛門倅の和市が上川上村(現、熊谷市上川上)名主の弥五右衛門娘かめに入婿した際の史料が伝存する。天保10年の「一札」・「寺替証文之事」である。上川上村名主の弥五右衛門家とは、後の明治期に七名社の一員となる稲村寛一郎を輩出した稲村家であった。言うまでもなく寛一郎の妻が荻野吟子である。吟子の母は大嶋家の出身であるとも言われ(残念ながら当該文書では確認が取れなかった)、大嶋家と稲村家とは親戚関係であったのである。」とあり。
回答プロセス
(Answering process)
1 荻野吟子と稲村貫一郎を人物辞典で確認する。
『埼玉人物事典』(埼玉県教育委員会 1998)
 p208-209「おぎの ぎんこ 荻野 吟子 嘉永4.3.3-大正2.6.23(1851-1913)日本最初の女医。埼玉郡俵瀬村(妻沼町)生まれ。名主荻野綾三郎の5女。戸籍名はぎん。(中略)慶応4年(1868)春上川上村(熊谷市)名主稲村貫一郎と結婚、病を得2年後に離婚。(中略)同45年志方から荻野家に復籍し分家を創設した。(後略)」
 p99「いなむら かんいちろう 稲村 貫一郎 嘉永3.5.5-昭和8.4.13(1850-1933)県会副議長・実業家。上川上村(熊谷市)生まれ。名主稲村弥五衛門の長男。(中略)稲村はわが国初の女医、荻野吟子と結婚、後に離婚した。」

2 《埼玉人物文献索引データベース》を〈稲村貫一郎〉で検索する。
『熊谷市史 後篇』(熊谷市 1964)
 p392「稲村貫一郎 嘉永三年(一八五〇)大字上川上に生る、家は世々里正であった。弥五右衛門の長子である。(後略)」

3 自館目録を〈荻野吟子〉で検索する。
『荻野吟子抄 日本の女医第一号 栄光と波乱の生涯』(回答資料)
『荻野吟子 実録・日本の女医第一号』(回答資料)
 p6 吟子と寛一郎の関係について「はしがき」に『荻野吟子抄』所収「病気・離婚の真相」(前出)と同じ記述あり。
『熊谷ゆかりの女性先覚者たち 市内の文化財をめぐる 15』(熊谷市立図書館美術・郷土係編 熊谷市立図書館 2000)
 p7に「吟子は嘉永4年(1851)年3月3日、幡羅郡俵瀬村(現妻沼町)の名主、荻野綾三郎・嘉与の五女として生れた。」とあり。

4 《BOOKPLUS》(日外アソシエーツ)を〈荻野吟子〉で検索する。
『荻野吟子』(回答資料)
データベースの最終アクセス日は2015年1月29日。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『熊谷市史研究 第2号』(熊谷市教育委員会 2010.3)
『荻野吟子』(荻野吟子女史顕彰碑建設期成会編 瀬棚町 1971)
『荻野吟子抄 日本の女医第一号 栄光と波乱の生涯』(奈良原春作著 妻沼町 1985)
『荻野吟子 実録・日本の女医第一号』(奈良原春作著 国書刊行会 1984)
キーワード
(Keywords)
荻野 吟子(オギノ ギンコ)
稲村 貫一郎(イナムラ カンイチロウ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000187616解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決