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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000154866
提供館
(Library)
岡山県立図書館 (2110029)管理番号
(Control number)
M14022014366361
事例作成日
(Creation date)
2013/08/23登録日時
(Registration date)
2014年06月21日 00時30分更新日時
(Last update)
2018年03月25日 00時30分
質問
(Question)
岡山孤児院の収容人数の推移が知りたい。
回答
(Answer)
・『岡山県大百科事典』(資料①)の「岡山孤児院」の項には、「わが国で最初の本格的孤児院。1887年(明治20)石井十次によって岡山市門田屋敷に最初は孤児教育会の名で設立された。たちまち多くの孤児、窮児を預かり1906年(明治39)には院児数1200人、敷地3万9600㎡、建物80棟、職員は100人を超える規模となった。(中略)1926年(大正15)岡山孤児院の使命は終わったとして解散した。」とあるが、収容人数の推移は記載されていない。

・『岡山孤児院年報 明治42年度』(資料②)よると「明治24年10月濃尾大地震に際しては93人を37 8年日露役中には160人の児童を収容す 而して明治39年東北の大飢饉に遭遇するや其地方の孤貧児823人を入院せしめ一時は1200人の大家族となりたりしが再び其数を減じて現況に至る」と記載がある。(原書に句読点はない。引用は原書のとおり。)

・『現在の岡山孤児院』(資料③)には、「創立以来収容児数」の表があり明治20年から大正5年までの収容児数の記載がある。

・『岡山孤児院の全在院児と養護実践の動向』(資料④)には「年度別入退院児の推移」の表が収録されており、上記資料『現在の岡山孤児院』に掲載されている収容児数と「筆者統計」が比較されている。筆者統計は明治20年から大正15年までの入退院児数が記載されているほか、収容人数の増加や減少の要因が詳しく書かれている。この資料には「入院年度別の入院年齢の推移」や「入院年度別の道府県別状況」の表も収録されている。

・『日本社会福祉史』(資料⑤)には「“無制限収容”の原則から、1891年濃尾震災、1906年東北大凶作で罹災した子どもを次々保護し、収容人数は1891年に100人を超え、1906年に1195人に達した」とある。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
社会福祉  (369 9版)
参考資料
(Reference materials)
①岡山県大百科事典編集委員会『岡山県大百科事典 上  あ?そ』岡山 山陽新聞社,1980,1493p. 参照はp.450.
②高塚甲子太郎『岡山孤児院年報 明治42年度』岡山 岡山孤児院,1910,44p. 参照はp.1.
③『現在の岡山孤児院』岡山 岡山孤児院,1917,図30枚,文30枚.
④菊池義昭『岡山孤児院の全在院児と養護実践の動向(共栄学園短期大学研究紀要 第13号 抜刷)』〔石川町(福島県)〕 菊池義昭,1997,p.151~176.参照はp.154~168.
⑤井村圭壯,藤原正範『日本社会福祉史』勁草書房,2007,7166p. 参照はp.45.
キーワード
(Keywords)
岡山孤児院
石井十次
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
M2014022014341166361
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
全年齢
登録番号
(Registration number)
1000154866解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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