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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000152686
提供館
(Library)
近畿大学中央図書館 (3310037)管理番号
(Control number)
20140425-1
事例作成日
(Creation date)
2014年04月25日登録日時
(Registration date)
2014年04月25日 18時51分更新日時
(Last update)
2014年04月26日 10時43分
質問
(Question)
「自衛隊が冷遇されている時の方が国民にとっては幸せだ」という趣旨の吉田茂の名言は、何時どのような場所で発言されたのか? 前後の分脈も含め全文を読みたい。
回答
(Answer)
 昭和32年(1957年)3月26日に挙行された防衛大学校の第一回卒業式での訓示だったと一般には信じられている。この時、吉田茂は元内閣総理大臣(初代防衛庁長官)として小滝彬防衛庁長官と共に来賓として招かれて出席している(資料2)。資料1の吉田の回想録にも以下の通りの記述が見つかる。

・・・・・引用ここから
(前略)私も初代の防衛庁長官として、地方出張の際などは、各地方部隊の巡視検閲を行い、時に訓示も試み、努めて隊員との接触を図った。防衛大学にも数回参観に出向き、今春の第一回卒業式にも参列した。

 ※防衛大学校第一期学生に対する訓示(要旨)
「……自衛隊が国民から歓迎されチヤホヤされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡のときとか、災害派遣のときとか、国民が困窮し国家が混乱に直面しているときだけなのだ。言葉を換えれば、君たちが日陰者であるときのほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。自衛隊の将来は君たちの双肩にかかっている。しっかり頼むよ」
・・・・・引用おわり
〔出典:吉田茂.回想十年:新版の p.257-258〕

 しかし隔月刊誌 『歴史通(ワック出版)』 の2011年7月号(No.13)の総力特集〔吉田茂――復興から独立へのリーダーシップ〕の中に、防衛大学第一期生で元海将補の平間洋一氏の寄稿文が見つかるが、『大磯を訪ねて知った吉田茂の背骨』と題されたこの記事には、昭和32年当時の裏話として当事者が直接体験した経緯が明かされている。これによるとお尋ねの訓示は実際には卒業式当日に発せられたものではなく、卒業アルバム制作費の肩代わりを申し出た吉田茂が平間氏(アルバム編集長)ほか防大一期生に興味をもち、2月上旬の日曜日に大磯の邸宅に学生を呼び寄せた際に、自宅応接室での立ち話しの中で発せられたものという。

 上記回想録の要旨の前半省略部分は以下の通りである。
・・・・・引用ここから
「君たちは自衛隊在職中決して国民から感謝されたり、歓迎されたりすることなく自衛隊を終わるかも知れない。非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。ご苦労なことだと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎され……」
・・・・・引用おわり
〔出典:平間洋一.大磯を訪ねて知った吉田茂の背骨.歴史通.2011,No.13,p.176-184.から〕
回答プロセス
(Answering process)
◆ 自館OPACを使って、Kw:“吉田茂”で政治家の評伝・伝記を探す。
 ⇒ 資料1の吉田茂の回顧録が見つかるので、目次から保安大学校や自衛隊に関連する項目を辿って、防衛大学校の第一期生の卒業式の訓示についての該当のエピソードを見つける。「第八章 わが国の進むべき道」のp.258に「新時代の国防体制」の章の中で上記の要旨を紹介している。残念ながら全文は書かれていない。

◆ 新聞記事データベースを使って、昭和32年3月26日の前後の記事をキーワード検索で探すも該当の記事が意外と見つからない。

◆ 資料2の「防衛大学校十年史」のとびら p.(5)には、「防大生に与ふ」という元内閣総理大臣 吉田茂(衆議院議院)の名前の訓示が、モーニング姿の吉田のポートレート写真とともに巻頭に置かれている。クレマンソーやチャーチルの言葉を引用するたいへん格調の高い名スピーチと言えそうで、例の訓示のどこかくだけた言葉遣いとは相容れないものである。下欄の日付は昭和32年3月(雑誌小原台第7号)とある。また写真に筆で手書きされた日付は昭和三十二年二月となっている。見開き反対側の p.4には「居於治不忘乱」の筆書きがあり、こちらの日付も昭和丁酉二月とある。

◆ 資料3の「防衛大学校五十年史」には、第一章に創設期の記事として吉田首相の視察の様子を載せている。p.37-38 には 「吉田首相は保安大学校が恒久施設の小原台に移るまでの2年間に久里浜を2度視察し、その都度学生に親しく訓示をしている」 として、昭和28年10月17日と昭和29年6月26日の訓示の内容を、毎日新聞夕刊記事から全文引用している。いずれもお尋ねの主旨のものとは異なる。
 また「第一期生の卒業の項」には第一回卒業式の時の槇智雄校長の式辞の抜粋が載録されているが、この時の吉田茂の訓示は載っていない。上記の「防大十年史」の「防大生に与ふ」がそれかと思われる。


◆ Googleなどの検索エンジンを使って、Kw:“吉田茂”&“自衛隊”&“訓示”で検索する。
 ⇒ 平間氏のWebsiteに、歴史通の2011年の記事のPDFが公開されているのが見つかる。
(【PDF】 http://www3.ocn.ne.jp/~y.hirama/anzenhosho-yosida-rekisitsu.pdf  last_access:2014/04/25)

◆ 上記の歴史通.2011年7月号 No.13を確認してみると、一般に流布されている言葉が吉田邸での立ち話の中で語られた経緯と、p.185に「防大十年史」の巻頭言に見つかる「防大生に与える」が第一回卒業式での正しい訓示であったことが述べられている。また同雑誌の p.186-195 には吉田茂の名言録が91例ほど集められている。


〔参考 Wikipedia:吉田茂〕
http://bit.ly/1ibF2Dv  last_access:2014/04/22)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
政治史.事情  (312 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】.吉田茂 著. 回想十年. 毎日ワンズ, 2012.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024027163-00 , ISBN 9784901622653 (本学所蔵 312.1//Y86)
【資料2】.防衛大学校10年史編集委員会/編集. 防衛大学校十年史. 黎明社(印刷), 1965.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001072630-00  (本学所蔵 390.7//B62)
【資料3】.防衛大学校五十年史編纂事業委員会 編. 防衛大学校五十年史. 防衛大学校, 2004.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007345065-00  (本学所蔵 390.7//B62)
【資料4】.平間洋一氏のWebsite 歴史・戦略・安全保障研究室
http://www3.ocn.ne.jp/~y.hirama/yh_j_top.html  last_access:2014/04/25)
キーワード
(Keywords)
吉田茂
日本の内閣総理大臣
日本の政治家
日米安全保障条約
自衛隊
保安大学校
防衛大学校
名演説
名スピーチ
金言
名言
逸話
エピソード
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000152686解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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