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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000108465
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-074
事例作成日
(Creation date)
2012年05月03日登録日時
(Registration date)
2012年07月12日 16時00分更新日時
(Last update)
2012年10月02日 14時31分
質問
(Question)
満州帝国について、次のことを知りたい。
(1) 参議府の職権(組織図ではなく、どんなことをやっていたのか。)
(2) 参議府歴代議長の経歴(どんな人がなっていたのか)
  (筑紫熊七がなっていたはず。『新聞集成 昭和編年史』でみた。)
回答
(Answer)
詳しい記述のあるものとして以下の資料を紹介した。
(1) 参議府の職権
『満州国史 [2]各論』(満州国史編纂刊行会編 1971)p5-6に「参議府」の節あり。

(2) 参議府歴代議長の経歴
『満州国史 [2]各論』(満州国史編纂刊行会編 1971)(前出)
p6に「張景恵(議長) 湯玉麟(副議長)」とあり。
『満州国史 [1]総論』(満州国史編纂刊行会編 1970)
p783「終戦当時の満州国組織及び長官名」に「議長 臧式毅 副議長 橋本虎之助」とあり。
『中国人名資料事典 6 現代中華民国満州国人名鑑』(日本図書センター 1999)
p452に〈臧式毅〉、p455-456に〈張景恵〉あり。

筑紫熊七の議長就任については、『日本人物情報大系 11(満洲編 1) 満洲紳士録』(芳賀登〔ほか〕編 皓星社 1999)(昭和9年4月末現在「最新満州国人名鑑」の復刻)p632に「大同元年参議トナリ同三年議長トナル。」という記述が見られるのみで、他の資料では、康徳元年副議長に就任したとあり。(大同3年1934年1月1日~2月28日 康徳元年1934年3月1日~12月31日)
回答プロセス
(Answering process)
関連する記述のあった資料は次のとおり。
図書
『中国人名資料事典 8 現代中華民国満州帝国人名鑑』(日本図書センター 1999)6と同様。
付録3「満州国政府組織系統及重要職員表」の副議長に田邉治通。秘書局長に荒井静雄。参議に、筑紫熊七、駒井徳三、橋本虎之助、矢田七太郎の名あり。議長は臧式毅。
『日本人物情報大系 13(満洲編 3) 満洲紳士録』(芳賀登〔ほか〕編 皓星社 1999)「昭和12年版 満州紳士録」の復刻。
〈筑紫熊七〉は、p407(p3)に一行だけの記述。「依願免官特賜前官禮遇(七)」とある。
『日本人物情報大系 14(満洲編 4) 満洲紳士録』(芳賀登〔ほか〕編 皓星社 1999)「昭和15年版 満州紳士録」の復刻。
p402(p1491)に〈筑紫熊七〉の項あり。略歴に「大同元年八月満州国参議府参議に任じ康徳元年副議長に親補四年七月辞任」とあり。
『日本人物情報大系 15(満洲編 5) 満洲紳士録』(芳賀登〔ほか〕編 皓星社 1999)
p108(p338)に〈筑紫熊七〉の項あり。上記と同様の記述。
『人物レファレンス事典 郷土人物編 そ~ん』(日外アソシエーツ編集部編 日外アソシエーツ 2008)
p1642に〈筑紫熊七(チクシ クマシチ)〉の項あり。「…満州国参議府副議長などを歴任」とある。
『熊本県大百科事典』(熊本日日新聞社 1982)
p548に〈筑紫熊七〉の項あり。「…昭和七年満洲建国に際し参議となり溥儀皇帝のもとで大陸経営に献身した。」とあるのみで、議長・副議長についての言及はない。
『人物レファレンス事典 明治・大正・昭和(戦前)編 』(日外アソシエーツ 2000)
p1300に〈筑紫熊七(チクシ クマシチ)〉の項あり。「…満州国参議府副議長などを歴任。」とある。
『日本人名大事典 現代』(平凡社 1986)
p501に〈筑紫熊七〉の項あり。「…昭和9年満州国参議府副議長、…」とある。
『昭和ニュース事典 7 昭和14年-昭和16年』(毎日コミュニケーションズ 1994)
p179C「国民精神総動員中央連盟理事長筑紫熊七」とあるが、参議府の官吏としての記事ではない。
『現代史資料 別巻 索引』(みすず書房 1980)
人名索引の〈筑紫熊七〉から該当する巻・頁を確認するが、満州国に関連する記述ではなかった。(記述のあった巻4、7、11、37)
人名索引の〈臧式毅〉から該当する巻・頁を確認したところ、満州国に関連する頁に名前はあるが、参議府議長としてではなかった。(記述のあった巻11、32、33)
人名索引の〈張景恵〉から該当する巻・頁を確認した。7巻に「参議府議長」として名前のあがっている箇所があった。

インターネット検索
《リサーチナビ》を〈満州 参議〉で検索する。
「満洲国政府要人調 新京」(外務省情報部 1933.4)国立国会図書館デジタル化資料で閲覧可。
略歴の掲載あるが、日本人の名前はなし。

《リサーチナビ》を〈筑紫熊七〉で検索する。
以下の資料に死亡記事あり。
『新聞集成昭和編年史 昭和19年度版 1 トラック島大空襲』(明治大正昭和新聞研究会編集製作 新聞資料出版 1996)
p253 1月22日毎日(大阪)夕(二)「筑紫熊七中将」に「退役後は満州国参議として満州建国に功労があった。」とあり。
〈参議〉とはあるが、〈議長〉とはない。
個人のウェブサイトの中の《満州国行政官事典》
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/mansyu.html#  2012/5/2最終確認)
参議府議長は、やはり張景恵(1932年3月9日-1935年5月21日)と蔵式毅(1935年5月21日-)の二人のみ。
筑紫熊七の名は、副議長(1934年8月2日-1937年7月1日)、参議(1932年8月6日-1934年8月2日)として掲載されている。

新聞記事を確認する
『新聞集成昭和編年史 昭和9年度版』(明治大正昭和新聞研究会 1969)
筑紫熊七が副議長となった1934年8月2日 8月分の見出しを見るが満洲に関係あるのはp468-470「政府に提出の近衛公意見書」ぐらい。参議府に関する記述なし。
『新聞集成昭和編年史 昭和12年度版 3 自7月~至9月』(新聞資料出版 1990)
副議長を辞した1937年7月1日 7月分には満洲関係の記事が散見されるが、参議府についての記事は確認できなかった。

回答に結びつく記述のなかった資料は以下のとおり
『「満洲国」の研究』(山本有造編 緑蔭書房 1995)
『満洲(マンチュリア) 起源・植民・覇権』(小峰和夫著 御茶の水書房 1991)
『満洲建国の歴史 満洲国協和会史』(山口重次著 栄光出版社 1973)
『〈満洲〉の歴史』(小林英夫著 講談社 2008)
『「満洲国」とは何だったのか 日中共同研究』(植民地文化学会共編 中国東北淪陥14年史総編室共編 小学館 2008)
『満洲 交錯する歴史』(玉野井麻利子編 山本武利監訳 藤原書店 2008)
『「満洲」記憶と歴史』(山本有造編著 京都大学学術出版会 2007)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
『満州国史 [2]各論』(満州国史編纂刊行会編 1971)
『満州国史 [1]総論』(満州国史編纂刊行会編 1970)
『中国人名資料事典 6 現代中華民国満州国人名鑑』(日本図書センター 1999)
『日本人物情報大系 11(満洲編 1) 満洲紳士録』(芳賀登〔ほか〕編 皓星社 1999)
キーワード
(Keywords)
満州
筑紫 熊七(ツクシ クマシチ)
張 景恵(チョウ ケイケイ)
臧 式毅(ゾウ シキキ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000108465解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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