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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000105489
提供館
(Library)
京都市図書館 (2210023)管理番号
(Control number)
右中-郷土-50
事例作成日
(Creation date)
2012/04/26登録日時
(Registration date)
2012年05月03日 02時00分更新日時
(Last update)
2012年09月03日 14時16分
質問
(Question)
衣笠球場(京都)について知りたい。
回答
(Answer)
衣笠球場は京都府京都市北区(当時は上京区)の等持院にあった球場で,正式には立命館衣笠球場といいます。1948年(昭和23)9月15日に立命館大学の野球部専用球場として竣工されました。専用とはいうものの,一般開放を前提として,資材の申請を行っています。総工費1200万円,周囲のスタンドは20段ありました。
 1949年(昭和24)4月1日には京都新聞社と日本野球公式戦の使用契約を締結し,1951年(昭和26)までプロ野球の公式戦が行われていました。
 プロ野球でフランチャイズ制が導入されると,衣笠球場は松竹ロビンスのフランチャイズ(本拠地)になりました。しかし,フランチャイズとしては他の球場と比べて立地が悪く, 客足は伸び悩みました。経営悪化のため,松竹ロビンスは大洋ホエールズと合併し,大洋松竹ロビンスとなり,大洋の本拠地である川崎球場が使われることになったため,京都を本拠地とする球団は1年で姿を消しました。
 1951年(昭和26)11月には,一般の利用を禁止し,学校専用に決定されました。これは,1951年8月に中日スタジアムで球場が全焼する火事があり,それ以来市消防局や建設省から球場設備について整備するよう通告があったのが始まりです。その後消防局から14ヶ条にわたる改善を要望されましたが,大学側は学校関係者のみの使用にとどめておけば問題はないと判断したためです。ただし,この決定の後も少なくとも京都市の中学校野球の大会においては1954年(昭和29)まで,京都府の高校野球の大会においては1957年(昭和32)頃までは使用されていたようです。
 1954年(昭和28)3月改装工事が完成,その後,1967年(昭和42)に中央グランドに改造され,衣笠球場はなくなりました。

 現衣笠キャンパス東側の通用門から出た道路の電柱に「衣笠球場」と記された札が残っています。


 【資料8】には,衣笠球場を含むグランド拡充計画問題についての,学園側と学生側のやり取りの流れがまとめられています。

 【資料10】では1957年(昭和32),1963年(昭和38)の学舎配置図があり,球場の学内での位置が分かります。

 下記の資料には写真があります。
【資料1】p111 “衣笠球場(現衣笠キャンパス,体育館,学生会館,存心館,中央グラウンド)”,p125 “経済・経営学部が移転する前の衣笠学舎”
【資料2】p32 “昭和28年 衣笠球場での応援風景”,p33 “昭和27年春 衣笠球場での応援風景”(どちらも応援団のアップのため,球場の様子は写っていません)
【資料3】p653 “衣笠球場”
【資料8】巻頭 “50年代の等持院(衣笠)キャンパス”
【資料13】p214 “衣笠球場に満員の観衆を集めて行われたプロ野球の試合 1951年”
【資料15】電柱に貼り付けられた「衣笠球場」と記された札の写真
【資料16】“新装なった立命球場”(ネガフィルムのため,かなり不鮮明です)
【資料17】“一般試合は閉出しをくった衣笠球場”(【資料13】と同じ写真)
【資料23】p21 “当時の衣笠球場”
【資料28】(【資料1】と同じ写真)
回答プロセス
(Answering process)
●キーワード“立命館”より【資料1】~【資料12】【資料28】
●“京都の歴史”より【資料13】【資料14】 
●商用データベース『聞蔵Ⅱ』より【資料15】
●京都新聞マイクロフィルムより【資料16】【資料17】
●“野球”より【資料17】~【資料26】
●“スポーツ放送”より【資料27】
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
球技  (783 8版)
日本  (291 8版)
大学.高等.専門教育.学術行政  (377 8版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『この歩み,立命館』(立命館大学父母教育後援会 1994)p111,125
【資料2】『栄光の軌跡立命館大学応援団創団五十周年 記念誌』(立命館大学応援団記念誌編集部 2000)p32,33
【資料3】『立命館創立五十年史』(立命館五十年史編纂委員会/編 立命館大学五十周年記念事業局 1953)p650~652
【資料4】『立命館85年史略年表』(立命館史編纂委員会 1985)p28~46
【資料5】『立命館百年史資料集 第1集』(立命館百年史編纂室/編集 立命館百年史編纂委員会 1993)p201
【資料6】『立命館百年史資料集 第2集』(立命館百年史編纂室/編集 立命館百年史編纂委員会 1993)p24,125,126
【資料7】『体育会の歩み 第2集』(体育会の歩み刊行委員会/編集 立命館大学学友会体育会 1971)p16,17,233
【資料8】『立命館百年史 通史2』(立命館百年史編纂委員会/編集 立命館 2006)巻頭,p225~235,巻末年表
【資料9】『立命館八十五年史資料集 第3集』(立命館史編纂委員会 1988)p4,66,78
【資料10】『立命館八十五年史資料集 第6集』(立命館史編纂委員会 1988)p195,197
【資料11】『立命館百年史紀要 第8号』(立命館百年史編纂室/編集 立命館百年史編纂委員会 2000)p248,249 “(年表)立命館大学保健体育教育の歩み”
【資料12】『立命館百年史紀要 第12号』(立命館百年史編纂室/編集 立命館百年史編纂委員会 2004)p34 “敗戦後の混乱期から「新制大学」誕生期の「体育会活動」”,p143 “衣笠キャンパスの歴史”
【資料13】『写真でみる京都100年』(京都新聞社 1984)p214
【資料14】『京都年鑑 昭和25年版』(都新聞社 1949)p282,289,290
【資料15】『朝日新聞』2008年11月16日朝刊29面 “週刊まちぶら 小路上ル下ル”
【資料16】『京都新聞マイクロフィルム』1948年9月19日朝刊
【資料17】『京都新聞マイクロフィルム』1952年3月4日朝刊
【資料18】『プロ野球70年史 記録編』(ベースボール・マガジン社 2004)p86~125
【資料19】『京都社会人野球大会50回史』(石割宏和/編集 京都社会人野球連盟 1973)p22,27
【資料20】『平安野球部100年史』(平安高等学校野球部史編纂委員会 1985)p156~215
【資料21】『京都高校野球史2 第1巻』(京都府高等野球連盟 1987)p124~190
【資料22】『京都高校野球史2 第2巻』(京都府高等野球連盟 1987)p16~110
【資料23】『京都市中学校野球50年史』(京都市中学校野球五十周年記念事業実行委員 1997)p20~28
【資料24】『プロ野球選手はお嬢様』(田中 科代子/著 文芸社 2002)p92~104 “初合宿・初遠征〈京都衣笠球場〉”
【資料25】『球団消滅』(中野 晴行/著 筑摩書房 2004)p292~297
【資料26】『プロ野球ユニフォーム物語』(綱島 理友/文 ベースボール・マガジン社 2005)p147
【資料27】『NHK年鑑 3』(有山 輝雄/監修 ゆまに書房 1999)p184 “京都放送局”
【資料28】立命館大学硬式野球部HP“野球部紹介・野球部の歴史” http://ritsumei-baseball.com/about (平成24年5月14日確認)
キーワード
(Keywords)
衣笠球場
立命館大学
球場
野球
松竹ロビンス
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000105489解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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