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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000080491
提供館
(Library)
愛知芸術文化センター愛知県図書館 (2110019)管理番号
(Control number)
愛知県図-02692
事例作成日
(Creation date)
2006/7/4登録日時
(Registration date)
2011年02月24日 02時07分更新日時
(Last update)
2011年12月27日 17時55分
質問
(Question)
「三河国海塚」は、今のどこであるか。
先祖のお墓に彫られている。名は、「引間○○」。北条氏邦の家臣。
回答
(Answer)
「海塚(ウミツ(ヅ)カ、カイツ(ヅ)カ、ミツ(ヅ)カ…)」など、考えられるヨミで【資料1】【資料2】を探しましたが、見当たりませんでした。                                                      
愛知県の小字を集成した【資料3】には、尾張国中島郡三宅村に「北海塚」、「南海塚」(今の稲沢市平和町)が見られますが、三河国には「海塚」なる字名は見あたりません。江戸後期に作成された詳細な三河国の地誌である【資料4】にも記載はありませんでした。                                                                                           「引間○○」という人物名は、【資料5】に「引間弾正」の名があり、「武蔵国鉢形城城主北条氏邦の家臣秩父重国の同心」とされています。出身については「武蔵国秩父郡の地侍か」と記されているのみで、三河国海塚についての記述はありませんでした。【資料6】にも海塚に関する情報はありませんでした。
回答プロセス
(Answering process)
「海塚(ウミツ(ヅ)カ、カイツ(ヅ)カ、ミツ(ヅ)カ…)」など、考えられるヨミで地名辞典【資料1】【資料2】を探すが見当たらず、歴史的地名としてある程度まとまった記録を有する地名ではないと思われるため、小字名、旧郷村名として記載があるか、あるいは史料上単発的に現れている可能性があるか、また「塚」であるため、地名ではなく、旧蹟(墳墓名)の可能性-墓誌上「三河国海塚」と表記されているなら、文脈的に違和感があるが-も否定は出来ないため、地名からの調査に行き詰まった時点で、若干ターゲットを拡げ、その方向からも調査した。                                            
小字名については『明治十五年愛知県郡町村字名調』(愛知県教育会,1932)が収載量多く、【資料3】はその復刊索引である。旧郷村名については【資料4】 の各郡の最初にあり。また、下巻に墳墓部があり、「塚」についての紹介が載せられている。が、ともに「海塚」に関する記述無し。【資料4】に採録された旧郷村名と【資料3】に採録さている村名とはかなり異同があり、郡界の理解によるものや、 一方にしか採録のないものがある。そのため双方を確認することが必要である。
旧蹟としての可能性から『参河国名所図絵』 上・中・下巻 愛知県郷土資料刊行会 1972 (A291 /ナ /2-1)を参照したが、該当の地名・旧蹟名はなし。(ただし、宝飯郡牛久保に海見塚(ウブミヅカ)なる地名(字名)があり、ウブミヅカであれば【資料3】にも収載されていた。
市町村単位で小字名を調査した資料(『豊橋の字名』、『豊川 音羽 小坂井 御津 一宮 の 字名』『蒲郡の字名』『田原 赤羽根 渥美の字名』/豊橋東高校地理部、『新城市内字別地名要覧 第3集』/新城高校、『刈谷の地名』/歴史を学ぶ会「椎」編集)がある。字名の調査資料としては他に『住宅地図』の巻頭索引、いずれも記載なし。 Googleでの検索(市町村名×海塚)もヒットなし。

「引間○○」については【資料5】で概略が記され、【資料6】収載文書「天正10年2月25日北条氏邦朱印状」「天正14年3月13日北条氏邦定書写」に名が見える。質問には、「「引間○○」。北条氏邦の家臣」としているので、この人物がこの文書に現れる「引間弾正」とは確定できない(【資料5】によれば氏邦の家臣ではなく陪臣)が、改めて墓誌を確認すれば判読の参考にはなるかも知れない。現存する文書からでは「三河国海塚」との関連性は全くわからない。上記のとおり『戦国遺文 後北条氏編』の収載文書には「海塚」なる地名/人名等はない。「引間」関係の古文書集が他にないかNDLで検索したが所蔵が無く、当館が所蔵する埼玉県関係の文書集のうち『諸家文書目録/埼玉県立文書館収蔵文書目録』埼玉県立文書館編集(1~7巻)に引間関係の文書は無かった。引間弾正の主筋の秩父家は徳川旗本になっているので念のため、『寛永重修諸家譜』『寛政重修諸家譜』、『江戸幕臣人名事典』『江戸幕府旗本人名事典』 『三百藩藩主人名事典』『文政武鑑』『御家人分限帳 日本史料選書』 鈴木 寿校訂 近藤出版社 1984.7(B /210.08 /ニ8 /23) 『八王子千人同心史料』(雄山閣 昭和50年刊(B /213.6 /ム5)  『江戸幕府千人同心史料』 村上 直編 文献出版 1982.9(B /213.6 /ム5 /2)、にあたったがすべてなし。   
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
中部地方  (215 9版)
日本  (291)
日本史  (210)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『角川日本地名大辞典 23 愛知県』 角川書店,1989   (1104968312)
【資料2】『日本歴史地名大系 23 愛知県の地名】 平凡社,1981    (1101340567)
【資料3】『愛知県地名集覧 索引』日本地名学研究所, 1972  (1107361321)
【資料4】『参河志: 上・下』歴史図書社,1969 (大正10年刊の覆刻)   (1101494133,1101494142)
【資料5】『後北条氏家臣団人名辞典』 東京堂出版, 2006 (1109019527)
【資料6】『戦国遺文 後北条氏編第6巻』 東京堂出版,1995  (1106953337)
キーワード
(Keywords)
海塚
三河国
引間
引間弾正
後北条
北条氏邦
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000080491解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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