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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000065819
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-3B-201004-01
事例作成日
(Creation date)
2010/03/29登録日時
(Registration date)
2010年04月07日 02時00分更新日時
(Last update)
2010年12月13日 19時35分
質問
(Question)
戦国時代初期の大名、細川高国について。高国の法名「道永」「常桓(じょうかん)」、道号「松岳」の意味や、なぜその名をつけたかが知りたい。
回答
(Answer)
細川高国の法名・道号の意味や由来について書かれた資料は、見つからず。

出家の由来についてくわしい下記の資料をご案内。

鶴崎裕雄「管領細川高国の哀歌」(『帝塚山学院短期大学研究年報』24号 p.13-32)
この論文は、『戦国期公家社会の諸様相』(中世公家日記研究会/編 和泉書院,1992.11) 第四章(p.292-311)に収録。
回答プロセス
(Answering process)
1.商用データベース「e-レファレンス/ツール」を調査

“細川高国”で検索
→検索結果のなかで、戦国大名関連の以下の3冊にしぼって内容を確認。
 「戦国人名事典」(新人物往来社、1990)
 「戦国大名家臣団事典 西国編」(新人物往来社,1981)
 「戦国大名系譜人名事典 西国編」(新人物往来社,1986)
 →3冊とも、法名・道号の意味や由来なし

2.法名・道号に関する事典類を確認

1)「法名戒名大字典」(国書刊行会、1984)
  法名・戒名をつけるための手引きの事典で多くの法名が収録されているが、意味の解説はなし。
  「道永」「常桓」「松岳」の法名はあり。
  に一般的な法名のつけかたの説明あり(p.21-)。
2)商用データベース「Japan Knowledge(ジャパンナレッジ)(事典・辞書等)」を調査
  “法名” “道号”で検索。
  『日本国語大辞典』の「道号」の項によると、「その道号の典拠となる故事や文字の意味について説明する説や偈頌(げじゅ)を別に作ってこれを祝うことが行なわれた。」とあり。

3.細川高国に関する資料を確認

1)当館所蔵資料を“細川高国”で検索
  「日本の歴史 8 戦国の活力」(小学館、2008)
    「第2章 地域勢力の台頭―細川高国の時代」→法名・道号の意味や由来なし

2)商用データベース「MAGAZINEPLUS(日外アソシエーツ雑誌論文情報)」調査
  “細川高国”で検索、当館所蔵雑誌に収録されているものは内容を確認
  岡田 謙一 「細川高国派の和泉守護について」(『ヒストリア』182号  2002年11月、、p.113-128)
  森田 恭二「細川高国と三条西実隆の親交」(『帝塚山学院大学人間文化学部研究年報』1号、1999年p.10-26)
  森田 恭二「細川高国と畿内国人層」(『戦国大名論集5 近畿大名の研究』 吉川弘文館,1986.9 p.240-275)
  森田 恭二「戦国期畿内における守護代・国人層の動向」(『戦国大名論集5 近畿大名の研究』 吉川弘文館,1986.9 p.276-310)
   →法名・道号の意味や由来なし。

  論文に紹介されていた下記の文献が出家の事情については詳しい。
  鶴崎裕雄「管領細川高国の哀歌」(『帝塚山学院短期大学研究年報』24号 p.13-32)

3)『国史大辞典』の「細川高国」の項に紹介されている参考文献を調査
  当館に所蔵されているものを確認
   「細川両家記」は『群書類従 第20輯訂正3版 合戦部』(続群書類従完成会,1979)に収録されているものを確認。
   p591上段に「大永五年乙酉四月に御出家あり。法名は道永と申」とあるが、由来はなし。
   p597上段に「道永御出張の儀。伊勢国にて御名を替させ給ひ。常桓と申候」とあるが、由来はなし。

4.商用データベース「Japan Knowledge(ジャパンナレッジ)(事典・辞書等)」を調査
 “細川高国”で検索

1)『日本国語大事典』『デジタル大辞泉』の細川高国の項には、法名なし
  『日本人名大辞典』の細川高国の項には、法名はのっているが由来の説明はなし

2)『誰でも読める日本史年表』
   1525年4・14 の項に「細川高国の子 稙国、家督を嗣ぐ。21日に高国は入道し道永と号する(上杉家文書・
   厳助往年記)」とあり。『大日本史料』は未刊。
   
   「上杉家文書」は『大日本古文書 家わけ 12ノ1 上杉家文書之一』(東京大学出版会、1981)に収録されているものを確認。
   目次で大永五年に細川高国が出した書状を探すと、2件。内容を確認するが、出家の話ではない。

   「厳助往年記」は『史籍集覧 改定 25』(近藤活版所、1902)に収録されているものを確認。
   四月二十一日の箇所(p.360)に、細川高国が落髪したことが書かれているが、法名については記載なし。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (281 9版)
参考資料
(Reference materials)
鶴崎裕雄「管領細川高国の哀歌」(『帝塚山学院短期大学研究年報』24号 p.13-32)
『戦国期公家社会の諸様相』中世公家日記研究会/編 和泉書院,1992.11 ISBN 4-87088-539-5<当館書誌ID:0000290132>
キーワード
(Keywords)
細川高国
戦国大名
戦国時代
道永
常桓
松岳
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
細川高国(ほそかわ‐たかくに)[1484~1531]
室町後期の武将。~前将軍足利義稙(よしたね)を将軍職に復帰させ、管領となって幕政の実権を握った。のち、澄元の子晴元と三好元長に追われ、自刃。
(『大辞泉』細川高国の項より抜粋)
商用データベース「e-レファレンス/ツール」は、2010年6月から「e-レファレンス・ライブラリー」(日外 人物・出版情報) に変更。
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000065819解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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