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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000065590
提供館
(Library)
東京都立中央図書館 (2110013)管理番号
(Control number)
都立図事-2009006031
事例作成日
(Creation date)
2009/9/9 登録日時
(Registration date)
2010年03月25日 02時11分更新日時
(Last update)
2010年03月25日 02時11分
質問
(Question)
現在の東京大学医学部の前身となった江戸時代における「種痘所」と「医学館」の組織図や建物の外観、教官となった医師たちの氏名や官職名が分かる資料はあるか。また、当時の切絵図に建物や関係者宅の記載があるか。
回答
(Answer)
1.お玉ヶ池種痘所の組織・人事等について

お玉ヶ池種痘所は、資料1p.54-57「お玉ヶ池種痘所」ができるまでの種痘の概略年表」によると、1858年設立、1860年官立となり、現東京大学医学部の前身であるという記述がある。


資料2に「第2節 種痘所・医学所」、p.288に「東京大学医学部の名称と所在地の変遷一覧」があり、1858年5月神田お玉ヶ池松枝町に開設され、同年12月火事で焼失、下谷和泉橋通に移転。1862年西洋医学所と改称したとの記述がある。p.49-59「1 種痘所の創立と官立化」の項目に経緯と職員・組織についての記述がある。

資料3「『武鑑』にみえる幕府の医師名」に西洋医学所の医師の名前がある。
p.785-895「江戸幕府の医官譜」があり、お玉ヶ池種痘所及び医学館双方の官立となった以降の記事がある。
「1791年医学館講業の事、この7月25日よりはじめらると令せらる。」、「1863年医(西?)洋医学所の儀、以来医学所と唱え替えらる。」との記述がある。

資料4に種痘所・西洋医学所・医学所としてp.15-27「1 種痘所敷地提供に関する川路聖謨の御内意伺書」等の資料が集められている。



雑誌論文では、
雑誌『日本医史学雑誌』 思文閣出版の索引(昭和55年刊)p.105から、同誌1329号(昭和19年7月)―1333号(昭和19年11月)に論文「お玉ヶ池種痘所(其の1-5)」山崎佐著の連載に導かれる。

其の2 1330号(昭和19年8)p.187に切絵図上の伊東玄朴家に印をつけた図が掲載されている。解説がないので、この切絵図の詳細は不明である。

其の3 1331号(昭和19年9月)p.203に万延元年に幕府直轄となり、「教授職及び治療医員として、伊東玄朴らを任命したことが記述されている。p.204に市民に接種を呼びかけた「種痘諭文」が掲載されており、下谷和泉橋通りの種痘所の手書きの地図がある。

其の5 1333号(昭和19年11月)p.257に慶応3年当時の教員・学生の氏名が掲載されている。

雑誌『日本歴史388号(1980年9月)』p.79-86に論文「お玉ヶ池種痘所開設をめぐって」深瀬泰旦著があり、人名などが記述されており、20件の参考文献が掲載されている。



2.医学館の組織・人事等について

資料5に「第5章医学館の章 第1節 沿革 甲 私学としての躋寿館、乙 官学としての医学館」、「第2節 考試」、「第3節 講書」、「第4節 出版検閲」、「第5節 施薬」、「第6節 罹災」、「7節 補助町屋敷」の項目があり、人事・組織についても記述されている。


雑誌論文では、
『中外医学新報 1197号』(昭和8年)p.279-291「医学館補遺」波多野賢一著 、『同誌1191号』(昭和8年)p.1-6 森潤三郎著の論文があり、医学館の関係者についての記述がある。




3.お玉ヶ池種痘所の地図上の位置について

資料6p54-55の間の口絵に、「お玉ヶ池種痘所の場所の図」(嘉永3年新刻、安政6年再販の尾張屋版切絵図)が掲載されている。
また「お玉ヶ池種痘所ができた川路聖謨の邸」(安政5年御府内沿革図書にもとづく)の図が掲載されている。
ほかに、和泉橋通(御徒町)に移った種痘所、別に向柳原に漢方の医学館が見えるという図が掲載されている。

また、「第2部 東京大学医学部のあゆみ 第17章医学部建物の百年のうつりかわり」があり、p.225-228に種痘所の建築についての具体的な記録は、残っていない旨が書かれている。

下谷和泉橋の種痘所は、資料7の「東都下谷絵図」1862年の図に種痘所の記載がある。



4.医学館の地図上の位置について

神田佐久間町の多紀安元の拝借地については、資料8p.65の明和2年(1765年)の絵図に、藤堂和泉守屋敷近くに、多紀安元拝借地との記載がある。

向柳原の医学館は、資料9p.87の尾張屋版嘉永6年の「浅草御蔵前辺図 全」にある。




5.建物の外観について

資料10『古版江戸図集成 別巻』p.102「医学館図」があり、診察所や薬圃がわかる図がのっている。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
医学  (490 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】 「お玉ケ池」散策 : お玉ケ池種痘所と三井記念病院周辺余話 / 清瀬闊∥著 / 中央公論事業出版(発売) , 2008.12 T/34・210/5020/2008
【資料2】 東京大学百年史 通史 1 / 東京大学百年史編集委員会∥編 / 東京大学 , 1984.1 /3772/292/1-1
【資料3】 江戸時代医学史の研究 / 服部敏良∥著 / 吉川弘文館 , 1978 /4902/70/78
【資料4】 東京大学百年史 資料 1 / 東京大学百年史編集委員会∥編 / 東京大学 , 1984.3 /3772/292/3-1
【資料5】 多紀氏の事蹟 / 森潤三郎∥著 / 日本医史学会 , 1933 /4902/3120/33
【資料6】 東京大学医学部百年史 / 東京大学医学部創立百年記念会∥編 / 東京大学出版会 , 1967 /3772/170/67
【資料7】 嘉永慶応江戸切絵図 全 / 日本地図選集刊行委員会∥編 / 人文社地図センタ- , 1990.2 ( 日本地図選集 第2巻 ) DRT/0・290/3032
【資料8】 江戸城下変遷絵図集 : 御府内沿革図書 第15巻 / 幕府普請奉行∥編 / 原書房 , 1986.9 T/0・290/66/15
【資料9】 江戸切絵図集成 第5巻 / 斎藤直成∥編 / 中央公論社 , 1982 DT/0・290/61/5
【資料10】 古板江戸図集成 別巻 / 中央公論美術出版 , 1960 D/0920/K734/K1-9A
キーワード
(Keywords)
東京都
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000065590解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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