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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000041536
提供館
(Library)
岡山県立図書館 (2110029)管理番号
(Control number)
M07122311162693
事例作成日
(Creation date)
2007/12/23登録日時
(Registration date)
2008年02月02日 02時12分更新日時
(Last update)
2018年03月25日 00時30分
質問
(Question)
田岡嶺雲(たおかれいうん)について知りたい。
回答
(Answer)
 高知県出身の新聞人。1870(明治3)年11月~1912(大正1)年9月7日。本名は田岡佐代治。東京帝国大学漢文科在学中から雑誌「日本人」、「帝国文学」などに寄稿し、自らも文芸誌「青年文」を創刊する。大学卒業後、津山中学校教師となるが、帰京して万朝報の記者、水戸の「いはらき」新聞主筆、九州日報特派員など各地で新聞記者活動を重ねた後、1900(明治33)年中国民報主筆となる。1901(明治34)年、岡山県で噂された教科書の採択に関する汚職問題を記事に取り上げ、官吏侮辱罪で検挙され禁固等の実刑判決を受ける。出獄後も『下獄記』(文武堂 1901年)を出版し、主張を続けた結果、教科書疑惑は全国的に広がり、代議士や知事、学校関係者が大量に検挙される明治の一大疑獄事件へと発展した。1904(明治37)年中国民報を去り、その後は、専ら東京で著作活動を続けた。主な著作に『女子解放論』(法政大学出版局 1987年)、『数奇伝』(玄黄社 1912年)、『明治叛臣伝』(大勢新聞社 1967年)、『和訳維摩経』(玄黄社 1911年)があるほか、『田岡嶺雲全集』全5巻(法政大学出版局 1969-1987年)、『田岡嶺雲選集』(青木書店 1956年)がある。津山市井口の長法寺に田岡嶺雲ゆかりの鐘がある。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『数奇なる思想家の生涯』家永三郎著,岩波書店,1976年. 『田岡嶺雲 土佐の反骨』高知県立文学館,2000年. 『岡山の文学アルバム』山本遺太郎著,日本文教出版,1983年. 『岡山県歴史人物事典』山陽新聞社,1994年.
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
M2007122311105762693
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
全年齢
登録番号
(Registration number)
1000041536解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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