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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000039640
提供館
(Library)
大阪市立中央図書館 (2210006)管理番号
(Control number)
10-3A-200603-21
事例作成日
(Creation date)
2006/03/10登録日時
(Registration date)
2007年11月21日 02時11分更新日時
(Last update)
2008年11月02日 14時26分
質問
(Question)
大阪市の阿倍野にあるあの広いお墓は、いったいいつからあるんですか?
回答
(Answer)
『移りゆく阿倍野』(石田 稔編)p73~77 には、徳川時代の大阪の墓所は、明治7~8年にかけて、市内の三ヶ所にまとめられ、それらのうち、明治7年3月に天王寺村(現阿倍野区)にできたのが現在の阿倍野墓地であり、明治40年に大阪市が買収し、昭和5年には阿倍野葬儀所、18年には市立南斎場と改称、五代友厚の墓、長州藩志士の墓(死節群士之墓)などが有名である等の記述があります
さらに、『大阪市内における建碑』(川端 直正編)を見ると、前述の五代友厚の墓を含めて阿倍野墓地内の21の墓碑や墓表、遺功表などが簡略に記載されています。
また、『大阪墓碑人物事典』(近松 誉文著 東方出版)には、阿倍野墓地の項に、五代友厚・長州藩志士の墓に、『大阪市内における建碑』に記載のない中村雀右衛門二世と三世の墓碑を加えた4件のみの記述があります。雑誌では、『大阪春秋 通巻25号 阿倍野・住吉・天王寺』に、「阿倍野墓地」(p.104~105)という記事が、 『大阪春秋 通巻28号 特集:大阪を築いた1000人 前編』に「阿倍野元官修墓地にある死節群士之墓」(p.122~124)という記事が収録されています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 9版)
参考資料
(Reference materials)
『移りゆく阿倍野』(石田 稔編 2002年 当館書誌ID: 0010327733)
『大阪市内における建碑』(川端 直正編 大阪市役所行政局 1960年 当館書誌ID: 0000322889)
『大阪墓碑人物事典』(近松 誉文著 東方出版 1995年 当館書誌ID: 0000492268)
『大阪春秋 25号 阿倍野・住吉・天王寺』(大阪春秋社 1980年 当館書誌ID :0000253458)
『大阪春秋 28号 大阪を築いた1000人 前編』(大阪春秋社 1981年 当館書誌ID: 0070031722)
キーワード
(Keywords)
阿倍野墓地
市立南斎場
大阪府大阪市阿倍野区
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000039640解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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