レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2000/03/09
- 登録日時
- 2006/11/01 02:10
- 更新日時
- 2008/10/10 15:51
- 管理番号
- 埼久-1999-082
- 質問
-
解決
〈羽継原合戦〉について書かれている資料を探している。
- 回答
-
以下の資料を紹介する。①『群馬県史 通史編3』p469-470、②『史料綜覧 8』p97、③「羽継原合戦記」(写本 和装 マイクロフィルムあり:国会図所蔵)、④「羽継原合戦記」(写本:筑大図所蔵)。
なお、〈羽継原〉の読みは、①及び『クロニック戦国全史』では〈ハネツグ〉、③④では〈ハネツギ〉となっている。②は振り仮名なし。
- 回答プロセス
-
〈羽継原〉〈上杉房顕〉〈上杉房定〉〈足利成氏〉をキーワードに、『国史大辞典』『日本歴史大辞典』『日本戦国史漢和辞典』『日本戦史人名辞典』等にあたるが、質問要旨に該当する記述なし。
〈羽継原〉は、現館林市。『群馬県史』にあたると、『同 通史編3』p469-470に記述あり。
加えて《NDL-OPAC》等を検索する。
インターネットで検索すると「羽継原合戦記」を「長倉追罰記」の別名とするサイトが散見されるが、「長倉追罰記」は、永享7年常州佐竹郡で、長倉遠江守を岩松右馬頭持国が追罰した顛末を記したもの。
- 事前調査事項
-
情報源:「クロニック戦国全史」によると〈ハネツグハラ〉と読み、1459年10月15日に上野にて上杉房顕・上杉房定の軍が海老瀬口・羽継原で足利成氏と戦い上杉軍が敗北した戦とのこと。
- NDC
-
- 日本史 (210 9版)
- 関東地方 (213 9版)
- 参考資料
-
- 『群馬県史 通史編3』(群馬県史編さん委員会 群馬県 1989)
- 『史料綜覧 8』(東京大学史料編纂所 東京大学出版会 1965)
- 「羽継原合戦記」(写本 和装 マイクロフィルムあり:国会図所蔵)
- 「羽継原合戦記」(写本:筑大図所蔵)
- キーワード
-
- 日本-歴史-中世
- 羽継原-館林市-群馬県-歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000031369