レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年05月30日
- 登録日時
- 2020/02/07 16:23
- 更新日時
- 2024/01/15 11:27
- 管理番号
- 横浜市中央2572
- 質問
-
解決
昭和初期(1926年~)に横浜市中区にいた「青木七兵衛」と「石川徳右衛門」という人物について調査している。
1 青木七兵衛と石川徳右衛門に接点があったのか知りたい。
2 青木七兵衛と石川徳右衛門が住んでいたところを知りたい。また、その場所がわかる地図はあるか。
- 回答
-
1 青木七兵衛と石川徳右衛門の接点について
『横濱市誌』 越智剛二郎/編 横浜市誌編纂所 1929.6
p.89に青木七兵衛の項目があり、その中に「祖父七兵衛のころは地行十四石目の土地を
有せる豪家なりしが、其の長子駒吉(兵の伯父)明治初年に數町歩の田地を代官石川徳右
衛門氏に質入れして大金を費消し同五年に死去したり」と記述があります。
こちらの資料は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で閲覧可能です。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1028952
青木家と石川家に接点はあったようですが、青木七兵衛と石川徳右衛門との接点に
ついてはわかりませんでした。
2 所在地について
(1) 所在地がわかる資料
ア 青木七兵衛
1で挙げた『横濱市誌』p.89に、青木七兵衛の住所が記載されています。
住所は「根岸町立野三八七一番地」です。
イ 石川徳右衛門
(ア) 『京浜実業家名鑑』 京浜実業新報社/編 京浜実業新報社 1907.12
p.68に十二代石川徳右衛門の項目があり、住所も記載されています。
住所は「横濱市元町二丁目百八番地」です。
こちらの資料は、「国立国会図書館デジタルコレクション」で閲覧可能です。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779587
(イ) 『開港五十年紀念横浜成功名誉鑑』 森田忠吉/編 横浜商况新報社 1910.7
p.86に十二代石川徳右衛門の項目があり、(ア)と同じ住所が記載されています。
こちらの資料は、横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」で
閲覧可能です。
https://archive.lib.city.yokohama.lg.jp/museweb/detail?cls=collect_01&pkey=00002235
(2) 所在地の場所がわかる地図
『横濱市土地寶典 中区之部[1]』(1930年刊)
「根岸町字立野」の項目で青木七兵衛の所在地「根岸町立野三八七一番地」の場所が
確認できます。
「所有者等一覧」には青木七兵衛が所有者であることが記されています。
また、「元町」の項目で、石川徳右衛門の所在地「横濱市元町二丁目百八番地」の
場所も確認できます。
「所有者等一覧」には石川徳右衛門が所有者であることが記されています。
こちらの資料は、「神奈川県デジタルアーカイブ」で閲覧可能です。
土地宝典
https://www.klnet.pref.kanagawa.jp/digital_archives/houten.htm
「4200502555 横浜市 土地宝典」をご覧ください。
インターネット情報の最終確認日 2023年12月25日
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 個人伝記 (289 8版)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000273764