レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20151214
- 登録日時
- 2019/10/28 00:30
- 更新日時
- 2020/04/29 10:21
- 管理番号
- 0000200522
- 質問
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解決
草場佩仙と幕末から明治にかけて活躍した南画課家名草逸草峯が九州で生活していた頃交流があったとわかる資料はありませんか。
- 回答
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御質問のありました「草場佩川と名草逸峯との交流」については、当館の調査した資料(古文書等、古地図・絵図等歴史資料を除く)では、確認できませんでした。
なお、下記の資料に次のような記載がありましたので参考までにご紹介します。
(1)「草場佩川日記 上巻」 西日本文化協会 1978
解説Pⅱ ~佩川の人柄は円満・誠実・勤勉・努力に尽きる。(中略)従って親しい友は日本全土に及び、親戚西家一族を筆頭に(中略)頼春水・同山陽・同三樹三郎、広瀬淡窓(中略)驚くべき多数の人名が見られる。~
↑名草逸峯と交流のあった頼三樹三郎の名前がでてきます。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
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『賀茂郡志』(広島県、大正5年発行~逸峯の子供が関わって書かれたようで詳しい。九州との関連もここに書いている)。『高知県人名事典』(高知新聞社~高知時代の逸峯について詳しい)『呉日日新聞』の昭和3年9月の記事~3回ほど「勤王の絵師名草逸峯」という連載記事が載っている。『賀茂郡志』を元にしているが、具体的な内容がある。その他ネットで「名草逸峯」でヒットする内容。
- NDC
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- 九州地方 (219)
- 参考資料
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(1)三好嘉子 校注・解題 , 草場, 珮川, 1787-1867 , 三好, 嘉子, 1915-. 草場珮川日記 上巻. 西日本文化協会, 1978.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001389090-00
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(1)三好嘉子 校注・解題 , 草場, 珮川, 1787-1867 , 三好, 嘉子, 1915-. 草場珮川日記 上巻. 西日本文化協会, 1978.
- キーワード
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- 草場佩川
- 名草逸峯
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000263056