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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000245548
提供館
(Library)
中野区立中央図書館 (2310165)管理番号
(Control number)
中野1068
事例作成日
(Creation date)
2018年05月17日登録日時
(Registration date)
2018年11月09日 16時58分更新日時
(Last update)
2019年08月20日 15時42分
質問
(Question)
内藤とうがらしについて
1.中野区と内藤とうがらしの歴史
2.江戸時代に区内のどの辺りで栽培が行われていたか
3.中野区内での内藤とうがらしに関する事業の実施状況
について知りたい。
回答
(Answer)
1.中野区と内藤とうがらしの歴史について
新宿御苑のある内藤町は江戸時代、高遠藩主内藤家の下屋敷で、その菜園から周囲に広がったのが「内藤とうがらし」でした。交通の要所として内藤新宿が都市化していくと、とうがらしの産地は甲州街道を下り中野や杉並へ移っていきます。以上のことが下記資料で説明されています。

【資料1】『東京府史 行政篇 2』東京府/編,東京府,1935(B23/D/2)
p.373「蕃椒」
「豊多摩郡に於ける蕃椒の栽培は、その起源最も古く、既に旧幕時代、新宿内藤家の下屋敷で播種した為、内藤蕃椒の称がある程である。古来、大久保・落合・中野・杉並・野方の町村地方はその産出を以て名高く、古くはその実を乾燥し碾いて麁粉として薬味に販売したが、後葉蕃椒として消費さるるに至り、その用途は二者に分れた。現今は住宅地の発展と共にその栽培殆んど廃絶し、西部農村に於いて僅かに栽培するだけである」

【資料2】『江戸・東京 農業名所めぐり』JA東京中央会,2002(D41/D)
p.34「内藤トウガラシとカボチャ」
「トウガラシは当時、成熟したものを漬物用や香辛料として使われたと考えられるが、新宿の都市化とともにこの付近では栽培されなくなり、新宿に続く杉並・中野区では、昭和三十~四十年ころまで栽培され、おもに葉トウガラシ用として市場に出荷されていた。」

【資料3】『情熱の!新宿内藤とうがらし~新宿名物誕生物語』成田重行/著,株式会社H14,2015(619.9/ジ)
p.16 「唐辛子畑は内藤新宿から西へ西へと移動」
「内藤新宿周辺は、宅地化による農地の消滅や農業の二次化が進むなか、需要のある作物を作らなくなりましたが、その需要を受け継ぐように西の街道周辺の農家が栽培を始めたのです。」


2.江戸時代に区内のどの辺りで栽培が行われていたか

【資料4】『江戸建築叢話』大熊喜邦/著,中央公論社,1983(521.5/フ)
p.83に天保十四年(1843年)「甲州道中宿村大概帳」の引用で、「此宿最寄にてとふがらしを作る尤内藤駿河守下屋敷内重にて右の分上品の由其余中野村柏木村辺にても作り一円に内藤とふがらしとて此所の名物也」とあります。
江戸時代の中野村は、おおよそ現在の東中野・中央・本町・中野あたりです。

【資料5】『中野区史 上巻』中野区/編,中野区,1943(M25/A/1)
p.158「中野村は郡の東部に在り、東は神田上水を限って豊島郡柏木村に対し、西は多磨郡高円寺村に接し、南は本郷村、同新田、和田村隣り、北は新井及び上高田の二村に連り、豊島郡上落合村にも続いていた」

このほか各種史誌などを確認しましたが、中野における江戸時代のとうがらし栽培についての記載を確認できたのは、上記【資料4】のみでした。参考までに、年代は違いますが中野でのとうがらし栽培について記載のあった地域資料をご紹介いたします。

【資料6】『古老の語る沼袋・江古田の歴史』中野区沼袋地域センター/編,1988(M25/A)
p.42「四 大正初期の沼袋の様子」の中で、当時沼袋周辺で作った穀類と野菜として葉トウガラシが挙げられています(p.45下段)。

【資料7】『ふる里上高田の昔語り』細井稔,加藤忠雄/共著,いなほ書房,1982(N73/A)
上高田の野菜作りについて、p.232「二月下旬頃、苗床の上に丈夫な板を渡し、茄子、きゅうり、白瓜、唐茄子、冬がん、葉とうがらし等々の種を播く」との記述があります。(「明治・大正・昭和篇」の中にあり、正確な年代は記載されていません)

【資料8】『中野区区勢総覧』中野区役所/編,1940(B32/A/40)
p.723-724に食用農産物 昭和12年 
p.729-730に特殊農産物(食用農産物)昭和13年
どちらにも「蕃椒」の作付面積、収穫高などあり。 


3.内藤とうがらしに関する事業の実施状況
【資料9】『農といえる中野!中野・内藤とうがらし普及プロジェクトブック』中野・環境市民の会/編,2018(D44/A)
NPO法人中野・環境市民の会がその取り組みをまとめたブックレットです。p.14-18では、2016年度・2017年度の中野区内での活動がまとめられています。
p.14 2016年度
p.16 2017年度
p.18 中野・内藤とうがらし栽培(育てにすと)拠点2017

また、新宿区内ではNPO法人おいしい水大使館が中心として行っている「新宿名物、復活!内藤とうがらしプロジェクト」( http://naito-togarashi.tokyo/ )があります。サイト上で紹介されている取り組みやイベントは【資料3】でも紹介されています。
【資料3】『情熱の!新宿内藤とうがらし~新宿名物誕生物語』成田重行/著,株式会社H14,2015(619.9/ジ)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
農産物製造.加工  (619)
蔬菜園芸  (626)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
中野区
内藤とうがらし
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000245548解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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