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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000184833
提供館
(Library)
岡山県立図書館 (2110029)管理番号
(Control number)
M15010412470181
事例作成日
(Creation date)
2014/11/16登録日時
(Registration date)
2015年12月02日 00時30分更新日時
(Last update)
2019年03月31日 00時30分
質問
(Question)
岡山県内のじゃがいもの特産地と、栽培の由来について知りたい。
回答
(Answer)
<1>『岡山県大百科事典 上・下』(全2巻,1980年,山陽新聞社発行)には、「じゃがいも」、「メークイン」、「男爵いも」について記載はない。「バレイショ」については、同書下巻(資料①)に項目があり「岡山県下では邑久郡牛窓町を中心とした邑久郡一帯に二期作が盛んで、ことに秋作のものは優れた種イモとして使用される。」と記載がある。

<2>岡山県立図書館電子図書館システム「デジタル岡山大百科」にて、「じゃがいも」、「メークイン」、「男爵いも」、「馬鈴薯」をキーワードにして検索すると、下記の結果となる。

(1)「じゃがいも」をキーワードにすると、『矢掛町史 史料編』(資料②)がヒットし、別冊に「地区別じゃがいもの生産」の表が収録されていることが記載されている。別冊を確認したところ、矢掛町の矢掛、三谷、山田、川面、小田、美川における、大正元年から昭和15年までのじゃがいもの生産の統計が記載されている。ただし、じゃがいもが矢掛町の特産であるかについては記載がない。

(2)「メークイン」をキーワードにすると、ヒットしない。

(3)「男爵いも」をキーワードにすると、ヒットしない。

(4)「馬鈴薯」をキーワードにすると、下記の資料がヒットする。
●『邑久郡史 下巻』(資料③)
「馬鈴薯・トマト 明治十年頃より栽培したるが、調理當を得ざるため一時頓挫せり。その後調理の研究と品種の改良により昭和十二年以来食糧の一環を占むるに至る。牛窓町の二科性馬鈴薯の如きは年収量六十萬貫、種薯として遠く香港、シンガポール方面に出荷の活況を呈す。」と記載がある。

●『牛窓町史 通史編』(資料④)
「馬鈴薯の産地化」と題して、下記のとおり、記載がある。
・「馬鈴薯は、当初自家用の菜園作物として栽培されたが、この頃より産業的に栽培されるようになった。明治33年当時、邑久郡での栽培反別はわずか八反、収穫高も3200貫であった。その後栽培者が増加し、邑久郡東南沿海十か町村で普及した。中でも鹿忍、牛窓、長浜、辛島、朝日、玉津、裳掛は主産地となった。」(※この文章の前述は、明治29年当時の麦稈真田について記載されている。)

・「馬鈴薯の産地化は二つの流れを有している。一つの流れは、長浜西浦の精農家祇園弥平によるものである。」とし、「長浜金時薯」や「備前馬鈴薯」について記載されている。出典は、「『長浜の昔を語る会』144頁」(資料⑤)となっている。

・上述に続き「もう一つの流れは、明治38年に牛窓町関町のかねなか商店こと高祖松太郎・鐘太郎兄弟によるものである。」とし、「アーリローズ」と言われる薄赤色の種子用馬鈴薯についての説明がある。出典は、「『牛窓春秋』第62号」(資料⑥)となっている。

・「『鹿忍町史』には、馬鈴薯が牛窓、鹿忍附近で産業的に栽培されるようになったのは明治27年で、大正元年の統計資料によれば、耕作面積135町歩、収穫高18万9000貫、販売金額2万3170円の記録がある、という内容が示されている。馬鈴薯がこの頃、この地域の中心的産物の一つになっていたことがうかがえる」と記載がある。出典は、「『鹿忍町史』48頁」(資料⑦)となっている。

※ 上記の出典、資料⑤、資料⑥、資料⑦を参照し、上記の内容を確認する。

●『牛窓町史 資料編 3 近代・現代』(資料⑧)には、「馬鈴薯の生産」と題して、大正5年6月11日の『山陽新報』の記事(資料⑨)が紹介されている。邑久郡の馬鈴薯の生産について、沿革や収支計算等が記載されている。
※ 上記の出典、資料⑨を参照し、上記の内容を確認する。

●『むらの記録 師楽(しらく)』(資料⑩)では、「この東備地区、備前東南部沿岸地方、裳掛、玉津、長浜、牛窓、鹿忍、朝日、大宮地方特産の馬鈴しょが導入される、導火線に点火されたのは、明治39年であった。」と記述があり、山本倉蔵という先覚者を紹介している。

<3>その他の資料を確認する。
(1)1991年に発行された『うまい,おいしい,やっぱり岡山 おかやまの農林水産物』(資料⑪)の「ばれいしょ」の項目を確認すると、「ばれいしょは、牛窓町や岡山市西大寺地区、芳井町などが、古くから産地として知られており、昭和30年代までは東南アジアへ輸出もされていました。…(中略)…品種は、「デジマ」と岡山県で命名した「セトユタカ」が中心で、最近、牛窓町では、皮が赤色の「アンデス赤」という品種が導入されています。また、牛窓町、邑久町では、昭和16年にばれいしょの採取保護地に指定され、種ばれいしょの生産を行っており、県内をはじめ長野県など中部、関東地方へ出荷しています。」と記載されいる。
 また、主要産地として、「邑久郡牛窓町・邑久町、御月郡芳井町、岡山市、倉敷市」が挙げられている。

(2)そのほか、以下の資料を確認するが、ジャガイモの産地や由来について、明確な記載は見つからない。
・『世界農林業センサス 2010年第1巻33 岡山県統計書』(2012年,農林水産省大臣官房統計部発行)
・『岡山県市町村ハンドブック 平成26年度』(2014年,岡山 岡山県市町村振興協会発行)
・『JA直売所巡りの旅ガイドマップ』(2013年,岡山 岡山県農業協同組合中央会発行)
・『青果物・花き卸売市場統計 岡山県 平成17年』(2007年,岡山 中国四国農政局統計部発行)
・『岡山県統計年報 平成24年』(2014年,岡山 岡山県総合政策局統計調査課発行)
・『岡山の作物文化誌』(臼井英治著,2006年,岡山 日本文教出版発行).
・『おかやまの農林水産物ハンドブック』(2008年,〔岡山]〔岡山県農林水産部農政企画課〕発行)
・『岡山県特産食品資源分布図』(1955年,[岡山] 岡山県立農業試験場発行)
・『活きいき元気印・JA岡山営農振興計画』(2009年,岡山 岡山市農業協同組合)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
農業  (610 9版)
参考資料
(Reference materials)
①岡山県大百科事典編集委員会編『岡山県大百科事典 下 た?ん』岡山 山陽新聞社,1980,1462p. 参照はp.544.
②岡山県矢掛町教育委員会内矢掛町史編纂委員会『矢掛町史 史料編』[矢掛町(岡山県)] 矢掛町,1982,932p. 参照はp.646,別冊・表22.
③小林久磨雄『邑久郡史 下巻』邑久町(邑久郡) 邑久郡史刊行会,1954,953,24,3p. 参照はp.473.
④牛窓町史編纂委員会編『牛窓町史 通史編』牛窓町(岡山県) 牛窓町,2001,1141p. 参照はp.758-760.
⑤赤松勉『長浜の昔を語る会』牛窓町(邑久郡) 牛窓町教育委員会,1994,313p. 参照はp.143-144.
⑥野口静太「私と牛窓町農産物産業の変遷」『牛窓春秋』第62号,1994.9,p.13-22.
⑦鹿忍町『鹿忍町史』鹿忍町(邑久郡) 鹿忍町役場 ,1954,56p. 参照はp.47-48.
⑧牛窓町史編纂委員会『牛窓町史 資料編 3 近代・現代』牛窓町(邑久郡) 牛窓町,1998,44,1368p. 参照はp.320-321.
⑨『山陽新報』1916年6月11日朝刊第3面.
⑩山本満寿一『むらの記録 師楽(しらく)』牛窓町(邑久郡) 山本満寿一,1979,372p. 参照はp.37-38.
⑪岡山県農林部『うまい,おいしい,やっぱり岡山』岡山 岡山県農林部,1991,84p. 参照はp.28.
キーワード
(Keywords)
ジャガイモ
じゃがいも
馬鈴薯
バレイショ
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
M2015010412452870181
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
全年齢
登録番号
(Registration number)
1000184833解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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